この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第123回
斎藤智
麻美たちのガールズトークは、ヨットのこと、会社のこと、恋愛と話題がつきずに延々と続いていた。
「楽しいよね、ガールズトーク!」
ルリ子と佳代が話している。
「私、もう20代後半なんだけど、私もガールズトークに入れるかな」
洋子が苦笑してみせた。
「洋子ちゃん、可愛いもの、もちろん入れるわよ」
麻美が答えた。
「それよりもガールズトークに、私、30代のおばさんが一人入ってごめんね」
「麻美ちゃんは、ぜんぜん若いよ」
皆が言ってくれた。
「雪ちゃんもくれば良かったのにね。雪ちゃんも、私と同い年だから、ガールズトークにおばさんは、加われないって思って遠慮したのかな?」
麻美が、雪のことを気にしていた。
ラッコの女性メンバーは皆、ショッピングスクエアの喫茶コーナーに来ているというのに、雪だけは、参加していなかった。
「雪ちゃん、マリオネットの傷が気になっていたみたいだったから」
「どうやって、直すのかに興味深々みたいだったよね」
こっちに来るとき、麻美は、雪のことも一緒に誘ったのだが、マリオネットの修理方法に興味があったらしく、雪一人だけマリオネットのところに残って、こっちに来なかったのだった。
「最近、雪さんってヨットに夢中だよね」
「確かに。先週も、ラッコのエンジンのオイル交換したときも、一人で手をまっ黒にしながら、ずっと交換していたよね」
「最近は、セイリングのときも、皆がコクピットでのんびりしているときも、雪さん一人だけウインチ回して、必死でセイルトリムしているよね」
皆は、雪の話題を話していた。
「アウトホールのロープとか引いたり、出したりしながら、セイルのカーブとかいつも気にしているもの」
「だね♪」
「あんまり気にしすぎて、隆さんに、どうせラッコは重たい船だから、そこまで気にしても走らないぞとか言われてた」
女の子たちは、爆笑していた。
「ね、雪ちゃん。ヨットのこと色々覚えてきたみたいよね」
麻美が言った。
「夏とかには、舫い結びがわからなくて、暁の望月さんに怒られていたのにね」
ルリ子が、夏に雪が望月さんに怒られていたことを思い出して笑った。
「確かにそうよね」
麻美も笑った。
「ヨット教室の卒業式の後ぐらいからよね、雪さんが急にヨットのこと色々やり始めたの」
「冬が過ぎて、暖かくなる頃には、雪ちゃんってすっかりベテランヨットマンになっているかもね」
麻美が言った。
それから、しばらく皆は、雪のことをガールズトークの話題の中心にしていた。
船底塗り
隆と雪は、マリオネットの修理を始めていた。
マリオネットの艇庫に戻って来たときの隆は、麻美たち皆が、横浜マリーナのショッピングスクエアでのんびりお茶しているというのに、自分だけが、マリオネットの修理を手伝わなければならないというので、少し機嫌が悪かった。
それが、戻って来ると、雪がいて、一緒に修理を手伝ってくれるということで機嫌が直っていた。
「あれ、雪。こっちにいたんだ。皆とお茶してるのかと思った」
「ずっと、ここにいたよ。修理すると思ってたから」
雪が答えた。
隆たちは、傷がついているマリオネットの船体を、サンドペーパーできれいに整えてから、パテを塗って、傷の凹みを埋めていた。
「俺がやろうか?」
「大丈夫だよ」
雪は、隆がパテ塗りを代わってくれようとしてくれたのを丁寧に断って、自分で塗っていた。
「指とかマニキュアが汚れるかと思って…」
雪に断わられた隆は、つぶやいた。
「マニキュアなんか塗ってないし」
雪は、笑顔で自分の指を隆に見せた。
雪の手は、パテで泥だらけだった。
「すごい。雪の手って、ごついね。男の人の手みたい」
隆は、雪の差し出した手を眺めながら、感想を言った。
「でしょう。力強そうでしょう」
雪は、自分の太い手を自慢そうに見せた。
「隆君の腕よりも、雪の腕のほうが太くて強そうだよ」
中野さんが、2人の会話に入ってきていた。
雪や中野さんに言われて、隆は、自分の細い腕を少し情けなさそうに眺めていた。
雪は、自分の手が汚れることなど、なんとも思わずにパテを塗っていた。
「よし、パテも乾いて来たし、ペンキを塗って仕上げようか」
パテで埋め終わった船体に、白の塗料を塗って、傷がなくなるようにきれいに仕上げるのだ。
「ペンキ塗るの下手だな」
隆は、雪のペンキ塗りを見ながら言って、雪と代わって丁寧にペンキを塗ってみせた。
「細かい作業って、私、あんまり得意じゃないんだよね」
雪が舌を出した。
「最初、出会ったときは、雪って料理とか上手そうな女性と思ってたけど、けっこう男っぽいよね」
「うん。すごくよく言われる」
雪は、隆に言われて、大きく頷いていた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。