この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第98回
斎藤智
10月、今年度の横浜マリーナのクラブレースは、すべて終了した。
クラブレースが終わると、横浜マリーナの今年のイベントは、あとひとつを残して、すべて終了となる。
毎年、最後に行われるイベントは、文化の日に開催されている。
その日の休日を利用して、横浜マリーナに保管しているヨットやボートの船が、皆でどこかに一泊でクルージングに行くというものだった。
行ったクルージング先の観光をして、夜は、旅館で宴会をして、クラブ員同士が交流、親交を深めようという企画だった。
このクルージングが終わると、季節も寒くなってきて、だいたいのヨット、ボートが店じまい、横浜マリーナの今年のマリンシーズンは、終わりのような感じになっていた。
といっても
横浜マリーナ自体は、年中無休で営業しているので、冬、真冬でも、毎週のようにヨットに乗りに来るタフなヨットマンも多かった。
「来週のクルージングは、皆の卒業式だよ」
隆は、ラッコのキャビンの中でクルーの皆に言った。
横浜マリーナのクルージングイベントには、クルージング以外に、もうひとつの目的があった。
それは、洋子たちヨット教室の生徒たちに関連したものだった。
4月から開講して、半年間ずっとヨットに乗って来たヨット教室の生徒たちの閉講式、つまりヨット教室の卒業式が行われるのだった。
「まあ、優秀だった生徒しか卒業できないんだけどね」
隆は、説明の後に、冗談で付け加えた。
「私は?ちゃんと卒業できる?」
洋子が、隆に聞いた。
「もちろんできるわよ。洋子ちゃんは、優秀だもの!うちのラッコの生徒の子は皆、優秀よね」
隆よりも先に、麻美が洋子の頭を撫でながら答えた。
「私、卒業したくないな」
佳代が言った。
「どうして?」
「だって、卒業したら、ラッコに乗れなくなちゃうでしょ」
佳代が言うと、皆も頷いた。
「私も!ラッコに乗り続けたいから卒業しないで落第したい」
ルリ子も言った。
それに皆も強く頷いていた。
「いや、卒業したってラッコに乗れなくなるわけじゃないよ。卒業したら、ヨット教室の生徒は卒業するかもしれないけど、今度はラッコの正式なクルーとして乗れるんだから、そっちのほうがいいだろ?」
隆が答えて、皆は安心していた。
三浦半島クルージングの旅
土曜日。
今週末は、文化の日を挟んだ三連休の週末だった。
そして今日は、横浜マリーナのクルージングイベントの日だった。
隆たちは、朝早くから横浜マリーナに集まっていた。
これから、横浜マリーナに保管しているそれぞれのヨット、ボートで一斉にクルージングに出かけるのだ。
横浜マリーナに保管しているボート、ヨットは、全部で100艇以上はある。その全てのオーナーの方が、イベントに参加するというわけではないが、だいたい2、30艇ぐらいは参加する。
それらが、皆で並んで走って行く姿は圧巻だ。
「三浦半島に行くんでしょう」
「ああ、今回のクルージングは、三浦半島の先端の三崎港に行くらしいよ」
隆は、ルリ子に聞かれて答えた。
去年の横浜マリーナのクルージングイベントは、東京湾の奥のほう、木更津港に行った。
木更津のマリーナに招待されて、皆で出かけて行ったのだった。
現地では、木更津の地元のヨット、ボートと一緒にセイリングして、夜は、木更津マリーナのクラブハウスで盛大なパーティーを開いてもらって、もてなしてもらっていた。
去年の横浜マリーナのクルージング教室、ヨット教室は、木更津マリーナのクラブハウスを拝借して、そこで卒業式を開いた。
去年は、ラッコはまだ進水した頃で、隆と麻美しか乗員はいなく、ラッコからの卒業生は1人もいなかった。なので、ラッコにとっても、今年が初めての卒業生を送り出すということになるのだった。
去年が、東京湾の奥だったので、今年は、東京湾の入り口、三浦半島の先端に行こうということになったのだ。
隆たちは、ラッコのセイルを出航できるように準備していた。
「隆!買い物に行ってくるね」
ヨットの上で出航準備していた隆たちに、船の下から麻美が声をかけた。
「うん。行ってらしゃい!」
麻美とルリ子は、クルージング中の食事の買い物に出かけて行った。
横浜マリーナには、すぐ隣りにショッピングスクエアがあって、その中に朝早くから夜遅くまでやっている大型スーパーが入っているので、クルージングに行くときなどは便利だ。
「準備できたね」
「うん。ルリちゃんたち、遅いね」
出航準備の終わった隆たちは、キャビンで休憩していた。
「先に、ヨットをクレーンで下ろしておいてもらおうか」
ルリ子と麻美が買い物から帰って来るのが遅いので、隆たちは、横浜マリーナのスタッフに、先にクレーンで船を海に下ろしてもらっていた。
「ごめん、ごめん。遅くなって」
「ただいま」
船を海に浮かべ終わった後で、大きなスーパーの袋を持った麻美とルリ子が帰って来た。
「どうぞ。オーナー様、準備出来ていますので、お乗り下さい」
隆は、遅れて戻って来た麻美にふざけて、手を差し出しながら、ヨットに乗るのを手伝っていた。
「え?買い物してたら遅くなってしまって…」
「全部、出航の準備を終わらせて、麻美さまのお乗りに来られるのをお待ちしてました」
隆が冗談っぽく言った。
「うん、ごくろう…。なんだか私がオーナー気分だわ」
麻美も、冗談っぽく返事してみせた。
「でも、麻美ちゃんは、そのうち隆さんと結婚したら、オーナーになるでしょう」
佳代が言うと、
「さあ、どうかしらね?私って隆と結婚するのかしら?」
麻美が、首を傾げていた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。