ヨットで目覚める朝

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第162回

斎藤智

洋子は、夕食を終えてお腹いっぱいになると、眠くなってきて大欠伸をした。

昨日の夜は、仕事を終えると、そのまま横浜マリーナに行って、出航準備をするとまったく寝ずに、そのまま横浜マリーナを出航すると熱海を目指した。

途中、ウォッチ交代で多少眠っているとはいえ、あんまりぐっすりとは眠っていなかったせいだろう。

「あーあ」

隣りの席の洋子の欠伸を見たら、隆まで釣られて欠伸をしてしまった。

「今日は皆、眠そうね」

「昨日の晩は、ほとんど寝ていないものね。今夜は早寝しましょうね」

麻美が言った。

「誰かさんは、ずっと寝ていたけどね」

隆が嫌味っぽく麻美に言った。

「そうね。ぐっすり寝れたおかげで、ぜんぜん眠くないわ」

麻美は苦笑してみせた。

「そうなの?どうしてずっと寝ていたの」

美幸は、行きのヨットは、マリオネットに乗船していたから、麻美が寝過ごしてウォッチに起きてこれなかったことを知らなかった。

「そうなの、可愛いじゃない。麻美ちゃん!」

洋子から麻美の寝坊の話を聞いて、美幸は笑った。

「別に可愛くないわよ。おばさんがガーガー寝ていただけだから…」

麻美は、美幸に可愛いと言われてちょっと照れていた。

「確かに可愛くないかも。俺が寝ようと思ったら、大股開いてベッドいっぱいに寝ていたから寝れなくて、しょうがないから香織の横で寝たものな」

隆は、苦笑しながら言った。

「そうだったよね」

香織も昨晩のことを思い出して言った。

「そうだったの。ぐっすり寝てしまったから、ぜんぜん覚えていないわ」

麻美は、二人から話を聞いて、ちょっと恥ずかしそうにつぶやいた。

「雪ちゃん!」

パイロットハウスのサロンで食事を食べていたマリオネットのクルーたちに、雪は呼ばれてパイロットハウスのほうのサロンに移動していた。

パイロットハウスの人たちも、夕食は既に終えていて、晩酌タイムに移っていた。

マリオネットのクルーたちは、パイロットハウスのサロンで食事をしているのだが、隆や洋子たちと仲が良い美幸だけは、下のギャレー前のサロンで、ラッコのクルーたちと食事していた。

上のサロンには、大きなGPSのモニターが付いているのでテレビは無い。下のサロンには、小型のテレビが付いていた。

隆は、眠気覚ましにテレビのスイッチを入れた。

皆は、しばらくは見るとはなしに、テレビの番組を見ていたが、だんだん本気で睡魔が襲ってきた。

「もう寝ようか」

誰からともなく言うと、テレビを消して、ベッドタイムになった。

船首のフォアバース、ギャレー前のサロンをベッドにチェンジして、あと船尾のベッドルームの3か所に別れると皆は眠りについた。

「先に寝るよ」

隆は、寝る前に麻美に声をかけた。

麻美は、雪がパイロットハウス組に呼ばれた後に、パイロットハウス組に呼ばれて、マリオネットの人たちとパイロットハウスでお酒を飲んでいた。

といっても、麻美はあまり飲んでいず、どちらかというと、おつまみを作ったりしていた。

「はい、おやすみなさい」

麻美は、隆たち先に寝る組に一声かけた。

早寝と遅寝

隆は、朝早くから目覚めて、デッキの上をぶらぶらしていた。

昨夜は、眠くなってかなり早くに寝てしまったので、朝早くに目覚めてしまったのだった。

同じく早く目覚めてしまった洋子も、隆と一緒にデッキの上をぶらぶら歩いていた。

「おはよう」

二人がデッキでぶらぶらしていると、同じく目が覚めて起きてきたのは、ルリ子と香織だった。

それからしばらくして、起きてきたのは美幸だった。

逆に、昨夜かなり遅くまでパイロットハウスのサロンでお酒を飲んでいた麻美と雪に、マリオネットの人たちはまだキャビンの中でぐっすり夢の中だった。

「気持ちいい!」

初めてヨットでクルージングに来た香織と美幸は、朝の海の空気を吸って叫んだ。

「本当に気持ちいいよね。クルージングでヨットで起きた朝って」

洋子が頷いた。

「美幸。シャツがなんか出てるよ」

隆は、目覚めたばかりでズボンの中にINしているシャツの一部が、だらしなく出ていた美幸に言った。

美幸は、出ていたシャツをズボンの中に突っ込んだ。

「ヨットの上だと何も気にせずにだらしなく起きれるところも気持ちいいのかもね」

洋子が言った。

実は、洋子もけっこうだらしなく着こなしていた。

たまたま、ブラウスを美幸のようにINしているのではなく、ズボンの上に出していたので、だらしなく見えていないだけだった。

「おはようございます」

熱海港のマリーナの管理人みたいな人が岸壁を歩いて来て、ヨットの上でくつろいでいる隆たちに話しかけてきた。

「おはようございます」

隆たち皆は、返事した。

「今日は、レースに参加されるのですか?」

その作業着姿の管理人さんみたいな人は、隆たちに話しかけてきた。

「レース?」

「初島レースですよ」

管理人は答えた。

今日は、熱海港主催で、熱海のすぐ目の前に見えている初島をぐるっと一周して戻って来るヨットレースが開催されるらしい。

そういえば、いつもの連休の熱海港よりも、ゲスト艇で遊びに来ているヨットの数が多いなと思っていたら、ヨットレースに参加するために来ていたみたいだ。

管理人は、隆たちのヨットもレースに参加するために来ているのかと思っていたようだ。

「レースがあるの?」

朝ごはんのとき、麻美は洋子からレースのことを聞いて言った。

「うん。レースがあるらしいよ」

「参加しましょうか?」

中野さんがレースと聞いて提案した。

今日は、予定ではヨットで出航して、熱海から千葉のほうに行くつもりだった。

それを変更して、もう一泊熱海で停まって、レースに参加しようというのだ。

「うちのヨットは、レースじゃ走らないからな」

隆は言った。

隆たちのヨットは、ナウティキャット33というフィンランド製のモーターセーラーだ。

フィンランドの木々をたくさん使って豪華な内装で作られているヨットなのだが、木がたくさん使われているだけに船体が重たく、普通のヨットよりもセイリング時のスピードは極めて遅かった。

「それでは、皆でうちのヨットで参加しましょうよ」

中野さんが言った。

中野さんのヨットは、同じモーターセーラーだが国産のモーターセーラーでP34という艇種だ。

P34は、同じモーターセーラーなのだが、比較的高いマストに大きめのセイルを持っており、モーターセーラーの割には速いスピードが出る。

「どうする?」

「熱海にもう一泊できるの?やったー!そしたら、夕方はまた温泉行けるね」

「そうね。今日はもう一件のほうの温泉に行こうか」

昨日、行った温泉のすぐ近くにもう一軒温泉があって、そっちの温泉も入ってみたかったのだった。

そんなわけで、本日はレースに参加するために、熱海港でもう一泊することになった。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。