「うらり」に「うらら」

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第170回

斎藤智

三崎港に入港すると、三崎漁港の「うらり」の白い建物が見えてきた。

「あそこ、私も覚えているよ」

麻美が、うらりの建物を指差して言った。

「当たり前じゃん。麻美は何回目だよ、ここに来るの」

隆が麻美に言った。

「あの中の上から、漁港の働くおじさんの姿を眺めたよね」

麻美は、去年、この港に来た時のことを思い出しながら言った。

「私も覚えてる!」

ルリ子と佳代も頷いた。

「そりゃ、そうだろう。三崎なんて、横浜マリーナからクルージングでいつも来ているじゃん」

隆が言った。

「そうか。せっかく私がちゃんと港のことを覚えているって自慢したかったのに…」

麻美は隆に答えた。

「そうなんだ。それじゃ、今日のヨットの着岸は、港の地形をしっかり覚えている麻美にやってもらおうか」

隆は、そう言うと、麻美に握っていたステアリングを手渡した。

「私は無理だから。佳代ちゃん、やって」

麻美は、手渡されたヨットのステアリングを受け取らずに、そのまま佳代に手渡した。

「佳代は、もう着岸は上手だものな」

ステアリングを握った佳代の姿を見て、隆が言った。

佳代は、小柄の身長で自分と同じぐらいの高さのあるステアリングを上手に握って、うらり前の岸壁にラッコの艇体を着岸させた。

うらりの建物の前には、「うらり」と書かれた大きなノボリが立てられていた。

「この施設って、うらりって名前だよね」

麻美は、隆に聞いた。

「そうだよ」

「あっちの船を見て。船体にうららって書いてあるよ」

麻美が指差した先に停まっている真っ白な船体のヨットには、うららと書かれていた。

三崎漁港の施設のうらりという建物の前に、うららという名前のヨットが停まっていたのだった。

横浜マリーナのある所在地からわりとすぐ近くのところのご近所さんに、横浜ヨット協会という名前のマリーナがあった。

そのうららという名前のヨットは、横浜ヨット協会に置いているヨットだった。

ヨット雑誌上にも、よく掲載されているヨットレースでは、常に上位、優勝とかしている足の速いヨットだった。

「雪が好きそうなタイプのヨットじゃん」

隆は、うららの姿を見ながら言った。

「どうして?」

「ヨットレースで常に上位を走れるようなレース艇だよ」

隆は答えた。

「私、別にレース艇が好きなわけじゃないもの。隆や麻美ちゃんとか、このメンバー皆でラッコに乗って、レースに出てみたいだけ」

「そうか」

皆は、うらりの建物の中に入ると、お店でまぐろや鯛など今夜のおかずの買いだしを始めた。

三崎の夜

ゆっくりした夜風が三崎港に停泊しているヨットの船体を心地よく揺らしていた。

「静かで気持ちいいな」

「ここらへんでもけっこう星が見えるんだね」

隆と洋子は、デッキの上で夜空を見上げながらのんびりしていた。

ヨットの船内では、静かな夜とは別にけっこう賑やかに夕食作りが行われていた。

「そっちのお皿を取って」

「はーい」

ルリ子は、棚の中から大皿を出していた。

「あけみちゃん、ピーマンはこんな風に切るんだよ」

サロンのテーブルでは、香織があけみと一緒に野菜を切り刻んでいた。

今日の夕食作りは、大変だった。

なにしろ、ラッコに、マリオネット、あっきーガールと3艇分の人数の食事を作らなければならないのだ。

「そろそろ出来るから、皆を呼んできてくれる」

美幸は、麻美に言われて、マリオネットに戻ると、マリオネットの皆に食事の準備ができたことを声かけて、ラッコに戻ってきた。

戻ってくる途中、ラッコの船尾デッキでのんびりしている隆と洋子の姿に気づいた。 が、美幸は二人には声をかけずに船内に入った。

「ね、ね。隆さんと洋子ちゃん、素敵だよ」

美幸は、船内に入ると、嬉しいものでも見たみたいに、麻美たちに報告していた。

「デッキでなんだか恋人同士みたい」

船尾デッキで話していた隆と洋子のことを話した。

「だめだよ、美幸ちゃん。そんなこと言ったら」

ルリ子は、さほど驚かずに言った。

「まだまだ、美幸ちゃんは、うちのヨットのことを知らないな」

香織も美幸に話していた。

「麻美ちゃんが悲しむでしょう」

「え、べつに私は、悲しまないよ。隆が誰とつきあおうが関係ないもの」

麻美は、平気な顔を装いながら答えた。

「あ、そうなんだ」

美幸は、皆の雰囲気を感じて気付いた。

「本当に関係ないの?」

雪は、そっと麻美の側に近付くと、麻美の耳元でささやいた。

「なんだよ。食事の準備できているじゃん。呼んでくれればいいのに」

隆と洋子が、船内に戻ってきた。

「どこにいたの?」

麻美が聞いた。

「え、デッキのところにいただけだよ」

隆は答えた。

「夜空を見上げたら、星があまりにもきれいだったから」

洋子が言った。

「そうなんだ。三崎でも星とかきれいに見えるのね。それで、2人でロマンチックな気分に浸っていたんだ」

「うん。後で食後に、麻美ちゃんも一緒にデッキに見に行かない?」

「いいよ」

麻美は、洋子と食後に星を見る約束をしていた。

「隆は、洋子ちゃんと星空を眺めてるときってロマンチックだった?」

香織が隆に聞いた。

「ああ、ロマンチックだったね」

隆は、香織に答えた。

「うそだ!隆さんと星眺めていてもぜんぜんロマンチックじゃないよ。だって、ずっと星見ながら、ホットドッグの形に見えるだとか、お腹の音をグーグー鳴らして、夕食まだかなとか話しているんだよ」

洋子が言った。

「そうでしょう。隆って、ロマンスよりも食い気だものね」

麻美は、洋子の言葉に思わず吹き出していた。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。