マリオネットの不運

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第120回

斎藤智

ビスノーは、昼ごはんのため、いつもの八景島港内に停泊した。

「え、皆でここでお昼ごはんを作るの?」

美幸は、皆がキャビンの中の狭い調理場で食事の準備を始めているのに驚いていた。

「そうだよ。船の中で、皆でお料理して食べるから楽しいんじゃないか」

隆が答えた。

「お料理できる?」

「ううん」

普段からお母さんの作った料理を食べるのが専門の美幸は、麻美に首を横に大きく振った。

野菜を切るように言われたルリ子が、美幸を連れて、ビスノーのメインサロンのテーブルに行き、まな板と包丁を置いて、二人で野菜を切り刻みはじめた。

慣れない手つきの美幸に、ルリ子は、切り方を教えていた。

「新しい船だから、汚れるのもったいないね」

ルリ子は、ビスノーのテーブルが汚れないように、新聞紙を広げていた。

「そんなに気にしなくても大丈夫だよ」

それを見た中島さんが、ルリ子に言った。

「隆。そっちのワイングラスを取って」

隆は、麻美に言われて、メインサロンの天井にぶら下がっているワイングラスを、人数分取った。

麻美は、氷と水でウイスキーを作っていた。

「はい。隆は、このウイスキーを持って、デッキの中島さんのところに行って、先にお酒でも飲んでいて」

「俺も料理手伝うよ」

「いいから、いいから」

麻美は、隆にお酒の入ったグラスを渡しながら、デッキに追い出した。

「雪ちゃんも、上で飲んでいて」

麻美は、雪にもグラスを渡すと、雪のこともデッキに追い出していた。

いつも、ラッコでは、料理のとき、隆と雪は、表のデッキでお酒を飲んでいて、あと残りのメンバーで、料理を担当しているのだった。

隆と雪は、デッキの中島さんとクルーの長浜さんの四人で、お酒を飲んでいた。といっても、もっぱら飲んでいるのは3人だけで、隆は、はじめの一口だけ飲んで、あとはジュースだった。

「マリオネットが来たよ」

四人がデッキで飲んでいると、マリオネットが八景島港に入港してきた。

「あぶない!」

隆が、突然叫んだ。

マリオネットは、海面上に突き出ていたコンクリートの杭に気づかずに、そこに向かって突っ込んでいた。

トラブル

その音は、キャビンの中で調理していた麻美たちのところまで響いてきていた。

「なあに?今の音!?」

麻美は、思わず野菜を切っていた包丁の手を止めて言った。

「見てくる!」

佳代がキャビンから外に飛び出した。

それよりも早く、洋子は何も言わずに外に飛び出していた。

佳代が外に出たときは、マリオネットが海から突き出たコンクリートの杭と接触していたときだった。

「ぶつかちゃったの?」

洋子は、表にいた雪に聞いた。雪は頷いた。

マリオネットで舵を取っていた中野さんは、意外なものにぶつけてしまって、放心状態だった。

「とりあえず、こっちに横付けしましょう」

隆が、中野さんに向かって叫ぶと、中野さんは、我に返って、マリオネットの針路を取り直して、ラッコの横に横付けした。

クリートにマリオネットの舫いロープを結び終わった隆たちは、フォアデッキにやって来て、隣りのマリオネットの船首のハル、船体をチェックしていた。

突っ込んだといっても、杭に向かって直角に突っ込んだわけではなく、斜めに横切る形で突っ込んだので、クラックやヒビが入ったわけではなく、杭の表面に擦った形で、ハルには、大きく引き摺った跡が残っていた。

「引き摺っただけだから、穴が開いた感じではなくて良かったですね」

「水は、船内に漏っていないよね?」

中野さんが、隆に聞いた。

「表から見た感じでは、水が中に漏れている感じではなさそうですけどね」

隆が答えた。

「なんか、水漏れのチェック方法がよくわからないのですが…」

船内に、水漏れのチェックをしに入っていたクルーが、フォアハッチから顔を出して言った。

隆は、洋子と一緒に、マリオネットに乗り移ると、キャビンの中に入った。そのまま船首まで進んでフォアキャビンに入った。

「内装の木材が付いていて、よくわからないんですよね」

「ハルの傷ついた位置から行くと、もっと下のほうでしょう」

隆が言うと、フォアキャビンのクッションを外して、フォアバースの下を覗きこんだ。

クッションを外して、その下にあった木製の板を外すと、船の船首の内側が見える。

「傷は、付いていないよ」

隆は、洋子と一緒に、ハルの内側を手で触りながら、目視とあわせて確認していた。

「ハルの表面だけだから、塗装し直すぐらいで大丈夫そうですね」

隆に言われて、中野さんは、少し安心したようだった。

「なんで、あんなところに杭が刺さっていたんだろうね?」

中野さんが言った。

「何か、あの杭で港内の水深とかチェックしているんでしょうね」

隆は答えていたが、ここは昔、海外などから運ばれてきた木材を海に浮かべて保管していた貯木場だった。

海上に保管していた木材を振り分けるのに、杭を打って、整理していたものと思われた。

「ほら、あの杭だけじゃなくて、杭が港内のあっちこっちに刺さっているじゃないですか」

隆に言われて、港内を見渡すと、同じような杭があっちこっちに刺さっていることに気づいた中野さんだった。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。