この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第58回
斎藤智
式根の街は、若者で大混雑だった。
「すごいね!」
麻美は、佳代の手を引きながら、叫んだ。
式根の街のメイン通りは、まるで本当の原宿の竹下通りを歩いているように、人がたくさん溢れていた。
「大混雑!式根島ってこんなに人がいるんだね」
「夏だけだよ。夏休みの間だけ、こんなにいっぱい人が遊びに来ているんでしょう」
隆は、洋子といっしょに、麻美の後ろを歩きながら、答えていた。
「皆も、迷子になるから、しっかり手をつないでいるほうが良いかもよ」
佳代と手をつないでいる麻美が、後ろを振り返って、皆に言った。
「大丈夫だよ。もし迷子になったら、港のヨットに戻ればいいだけなんんだから」
かわいい派手なワンピースが、たくさん店頭に並んでいるお店があった。麻美は、佳代を連れて、そのお店の中に入ってみた。店の中は、若い女の子でいっぱいだった。
ほかのラッコのメンバーたちも、特にその店の服に興味あるわけではなかったが、麻美の後ろに連なって店内に入った。
「すごいね。混雑は、お店の中まで続いている」
「随分、かわいい服がいっぱいあるわね」
麻美は、佳代を連れて、店内の奥に進んでいく。
「この店の服って、たぶん、ルリちゃんにも若すぎるんじゃない?」
「うん。私にも、さすがに着れないかも」
「洋子も、こういう服は着ない?」
「私?私は、ぜったい無理!」
隆に聞かれて、ルリ子よりも、少し年上の洋子が答えている。
「こんなの可愛いかな…」
洋子よりも、さらにずっと年上の麻美が、ワンピースを手に取って、佳代の体に当てながら、はしゃいでいる。
「麻美さんなら、雰囲気が若いから、この店の服も似合いそう」
「そお?それじゃ、佳代ちゃんとお揃いで買ってしまおうかな」
ルリ子に褒められて、麻美は、嬉しそうに佳代と一緒にワンピースを選んでいた。
「麻美さ、佳代とお揃いのワンピース着ても良いんだけど、周りから見たら、仲良し友だちのペアルックでなくて、お母さんと娘の親子ペアルックにしか見えないと思うよ」
「うるさいな」
麻美は、せっかく、ルリ子に褒められて、気持ち良くなっていたのに、隆に鋭い突っ込みを入れられてしまっていた。
花火大会
その夜、夕食が終わったら、花火大会が開催されることになった。
花火大会といっても、別に式根島役場主催で、ビーチから大きな花火が何発も、何発も上がるというわけではない。
出発前に、横浜マリーナでの買い出しで買っておいた花火を、メンバー皆で漁港の岸壁でやろうというだけのことだ。
三宅島の漁港では、周りも静かだったため、夜に花火を上げて騒ぐのが忍ばれたので、花火大会は開催できなかった。でも、ここ、式根島、野伏港では、町は若者たちで溢れ、夜遅くまで活気に満ちていたので、花火大会をやるなら、ここしかないってことになって、今夜の開催が決定したのだった。
ラッコたち以外にも、ビーチや浜辺のほうでも、多くの人たちが花火を上げて、楽しんでいた。
「夕食できたよ!」
その日のラッコの夕食は、とても賑やかだった。
いつものラッコのメンバー以外にも、マリオネットのメンバーが、ラッコのキャビンにやって来て、皆で一緒の食事になったのだった。
今夜のメニューは焼き肉。野伏港の奥にあった小さなスーパーに、いろいろな種類の肉が販売されていたのだ。
「松尾くん。お肉、焼き上がったから、たくさん食べてね」
麻美は、マリオネットのクルーの松尾君に、焼き上がったばかりの肉を、お皿に装ってすすめている。
「そうだよ。松尾、遠慮することないんだから、若いんだからどんどん食べなさい」
マリオネットオーナーの中野さんも、松尾に食事をすすめていた。
「ヨットは、遠慮したら失礼なんだよ。出された食事は、全部残さずに食べなくちゃいけないんだ」
隆が、マリオネットのクルーたちに教えていた。
「さあ、坂井さんたちも、遠慮せずにいっぱい食べなさい。…ってラッコの人じゃない俺がすすめることではないかもしれないけどな」
中野さんは、お酒の入ったグラスを片手に、豪快に笑いながら話している。
「あら、可愛いブラウスね」
「さっき、着替えたばかりなんです」
「ルリ子、さっき、カニ取ろうとして海に落ちたんだものね」
「海に落ちたの?」
「そう。夕方、そこの岸壁で大きなカニ見つけて取ろうとして落ちたの!」
ルリ子自身ではなく、雪が笑いながら、坂井さんの奥さんに答えていた。
ルリ子は、麻美の横で黙ったままだったが、笑顔でお茶らけていた。
ラッコの女性クルーたちも、坂井さんの奥さんとの話をきっかけに、ほかのマリオネットのメンバーたちとも仲良しになっていた。
「さあ、花火をしましょうか」
夕食後、花火を持って、船から岸壁に降りると、ラッコとマリオネット合同で皆一緒に花火を楽しんでいた。
岸壁の外の道路を歩いていた若者たちも、花火の音におもしろそうと、岸壁の方にやって来て、いつの間にかラッコたちの花火大会に混じって楽しんでいた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。