この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第204回
斎藤智
「優勝したんですってよ」
麻美は、洋子たちに言った。
この間、鳥羽レースに出場するからと言われて、ラッコたちのメンバーも横浜マリーナから三崎まで回航してあげた暁のことだった。
「やっぱ、すごいね!」
「暁さん、優勝なんだ」
麻美から聞いた洋子や香織、ルリ子たちは驚嘆していた。
「ごはんできたよ」
佳代がデッキの皆のところに呼びにきた。
今日のお昼は、雪が中心で作ったのだった。
「あ、美味しそう」
麻美は、ダイニングに入って来てテーブルの料理を見て言った。
「唐揚げとかお味噌汁!」
「ヨットでこんな定食みたいの食べるの初めてだよね」
隆が言った。
「雪がちゃんと全部初めからパン粉とかつけて揚げたんだよ」
佳代が言った。
「雪ちゃん、いつでもお嫁さんになれるね」
麻美が雪に言った。
「相手がいればだけどね」
雪が笑いながら、麻美に答えた。
皆は、席に着くと食事になった。
「隆は聞いた?朝、ハーバーマスターが言ってたけど、暁さん優勝したんだって!」
「え、優勝!?すごいじゃん」
隆が麻美から聞いて驚いた。
「本当に優勝なの?一位の」
隆は、麻美に聞き返した。
「本当の一位だってさ、だから今年の鳥羽レースの優勝カップは横浜マリーナに飾られるんだって」
麻美は答えた。
「それはすごいな!」
皆は、口々に暁やメンバーの望月さんのことをほめていた。
「なんか、それを望月さんの前では、あんまり褒めない方がいいんだってさ」
雪が言った。
「どうして?」
麻美が雪に不思議そうに聞いた。
「なんかね、レース艇のグループに入れなくて、クルーザークラスのグループに入れられちゃったんだってさ」
雪は答えた。
「どこのグループだって優勝するのってすごいんじゃないの?」
ルリ子と香織が聞き返した。
「すごいよね」
麻美も、ルリ子に同意した。
「すごくないんですってさ」
「あの船でクルーザークラスって、クルーザークラスってうちのラッコのようなヨットとかが半分お遊びで参加するようなグループのことじゃなかったか?」
隆が言った。
「そうなんだって。だから、そこのグループで優勝したってちっとも嬉しくないって。望月さん、けっこうショックみたいよ」
雪が答えた。
「確かに船内の中だって、あのがらんどうのレース艇の暁でクルーザークラス優勝っていうのは」
「でしょ、レース後のパーティーでクルーザークラス優勝って、優勝カップもらいに前に出た時に、ほかのいつもライバルのヨットのメンバーたちに笑われて、すごく恥ずかしかったんだって」
雪が苦笑しながら、隆に答えた。
「そうなんだ」
「でも良かった。雪ちゃんに予めその話を聞いておいて」
麻美が言った。
「雪ちゃんに聞いてなかったら、ぜったい私、望月さんに優勝おめでとうございますって大喜びして話しかけるところだった」
「麻美なら言いそう」
「麻美ちゃん、ぜったい言って、望月さんショック受けちゃうとこだったね」
洋子も答えた。
結婚しました
「あのさ、結婚したんだよ」
隆は、ちょっと嬉しそうに洋子に言った。
「そうなんだ、良かったじゃん」
洋子は答えた。
ラッコのキャビンの中のダイニングでのことだった。
「プロポーズはちゃんとしたんですか?」
洋子は麻美に聞いた。
「え、なにが」
キャビンの中に入ってきたら、突然に洋子に聞かれたので麻美は何のことかわからずにいた。
「隆さんとの結婚」
「ああ、そのことね」
麻美は答えた。
「プロポーズはちゃんとしたよ。でなければ結婚できないだろ」
洋子の隣りに座っていた隆が麻美より先に答えた。
「え、プロポーズってあったっけ?」
麻美は、隆からのプロポーズを思い出せずにいた。
「あっただろ。ほら、お母さんが洗い物終わったあとにリビングにきて、俺にいっそ結婚しちゃえばとか言われて、そのときに」
隆が言った。
「そのあとに、そうですねって俺が答えて、そのあとにプロポーズしただろ」
「ああ、あれがプロポーズだったの?」
洋子は、隆に言われてはじめて気づいたようだった。
「え、立派なプロポーズだろ」
「だって、あのとき私、隆にどうする?結婚する?って言われて、そうだねって私は答えただけじゃない」
麻美は隆に言った。
「隆さん、麻美さんにぜんぜん伝わってないプロポーズじゃダメじゃない」
洋子は隆のことを笑った。
「でも、まあ、もう結婚しちゃったし」
隆が言ったので、
「もう」
って洋子は隆のおでこを突っついた。
「そういえば、麻美さん。結婚するとき、横浜マリーナで結婚式するって言ってなかったっけ」
洋子が聞いた。
「ああ、あれね。だって隆がめちゃ恥ずかしそうなんだもの」
麻美が答えた。
「まあ、別にいいのよ。今さら20代じゃないしね」
「で、結婚したらなにか変わった?」
「そうね。特にないかな。隆が会社の近くのマンションからうちの実家に引っ越してきたことぐらいかな?あ、あと私と弟の部屋をひとつにリフォームして一緒に住むようになったことぐらいかな」
麻美は答えた。
デイクルーズから横浜マリーナに戻って来て、家に帰ることになった。
麻美が運転席で車の運転だ。
途中、皆を駅まで乗せていき、順番に家の前で下ろしていく。
佳代の家は、一番麻美の実家に近いので、一番最後に近くまで行って下ろした。
佳代が降りて、車の中は運転席の麻美と助手席の隆だけになった。
「結婚してください」
隆は急にポツリと聞こえるか聞こえないぐらいの小さな声でつぶやいた。
「え、なに?」
隆が何か言った気がしたので、麻美は運転しながら聞き返した。
「だから・・」
隆は小声でつぶやいた。
「結婚してください」
もう少しだけ声が大きくなって、もう一回つぶやいた。
「もう結婚しているじゃない」
麻美は笑いながら答えた。
「洋子に伝わらないんじゃダメじゃんって言われたから」
隆は、また小声でつぶやいた。それから、
「結婚してください」
もう一度、つぶやいた。
「はいはい、結婚しましょう」
麻美は、ちょっと嬉しそうに運転しながら答えた。
「まあ、もう結婚しているけどね」
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。