この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第191回
斎藤智
隆のところに、暁のオーナーの望月さんから電話があった。
電話の内容は、今度ヨットレースに出るので、暁の廻航を手伝ってくれないかというものだった。
毎年、伊勢志摩の鳥羽、鳥羽水族館のある場所をスタートして、一晩中ヨットを走らせて、次の日の朝に神奈川の三崎にゴールするというヨットレースが開催されていた。
そのヨットレースに今年も、暁は参加したいのだという。
レースに参加するには、まずスタート地点の鳥羽まで、暁を横浜マリーナから運ばなければならなかった。
本番のレースのときは、ほかのレース艇と競争して走るので、ほかの競争艇と鳥羽をお昼頃にスタートしたら、そのまま頑張って走って、だいたい次の日の朝ぐらいまでに、三崎にゴールする。
そう考えると、一晩で鳥羽から三崎まで走れてしまうのだが、行きは、なかなか夜じゅう走っていくというのもきつい。
そこで、まずは、横浜マリーナから三崎港まで走る。
その次の週末は、伊豆の下田まで走って、その次に下田から鳥羽までと三週に渡って走って回航しようというのだ。
下田から鳥羽までの廻航は、本来の暁のクルーが自分たちで廻航するそうだ。
三崎港から下田までを、堤下さんのヨットのクルーたちが廻航するのだという。
横浜マリーナから三崎港までを、ラッコのクルーたちで廻航してくれないかというのだ。
「どう思う?」
たまたま、電話を取った時に側にいた麻美に、隆は聞いた。
「横浜から三崎まででしょう。手伝ってあげてもいいんじゃない」
麻美は答えた。
それで、横浜マリーナから三崎までの廻航コースをラッコのメンバーで担当することになったのだった。
「どうせだったら、鳥羽まで行ってみたいね」
電話を切った隆に麻美が言った。
「鳥羽水族館にラッコを見に行くか」
「鳥羽水族館にラッコを見に行くのは、ラッコで見に行こうよ」
麻美は隆に答えた。
「ラッコも良いんだけど、真珠とかいろいろ鳥羽の観光してみたいじゃない」
麻美は言った。
「海女さんの体験したりとか…」
「志摩半島の散策したりとか…」
「隆に真珠のネックレスを買ってもらったりとか…」
麻美は言った。
「最後のネックレスってなんだよ」
隆は、麻美が一番最後にあげた言葉を聞き逃さずにツッコミを入れていた。
「横浜マリーナから三崎までって、夜に出航して朝に到着するの?」
「いや。人のヨットを廻航するんだし、いつもどおり朝に横浜マリーナに集合して、夕方までには三崎に到着するようにセイリングしようよ」
隆は答えた。
「うん」
麻美は頷いた。
「それだったら、普通に廻航できそうね」
横浜マリーナから三崎港までならば、麻美も、これまでも何度もラッコで行っているので、楽そうに答えた。
「三崎だったら、隆に買ってもらうのは真珠でなく、マグロ、マグロ、マグロのネックレスとかあったかな・・」
だが、これが暁になると大変なセイリングになるということを、麻美は、まだ気付いていなかった。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。