この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第168回
斎藤智
今夜の夕食は、たいへん賑やかだった。
いつものラッコのメンバーとマリオネットのメンバーに、あっきーガールのメンバーも加わっていた。
あっきーガールは、ファミリーだけでセイリングしているので、あけみとお父さんの二人だけだ。
「何かお手伝いすることある?」
サラダの調理が終わった香織は、麻美に聞いた。
「ううん、大丈夫。もう準備できたから」
麻美は、エプロンを外しながら答えた。
「それじゃ、隣に行って、隆たちを呼んできてくれる」
「はい」
香織は、ラッコのキャビンを出ると、隣に停泊しているマリオネットに行った。
マリオネットでは、隆や洋子がマリオネットの乗員と一緒に、レースの景品でもらったマリントイレを取り付けていた。
「ごはん、出来たよ」
香織は、キャビンから中に入ると声をかけた。
「こっちも、ちょうど取り付け終わったところ」
真新しいマリントイレがマリオネットのトイレルームに付いていた。
「トイレ見てたら、トイレしたくなちゃった」
香織は、そう言うと、ラッコに戻ってトイレに行こうと思っていた。
「それじゃ、ちょうど良かったじゃない。トイレしてきなよ」
隆は、マリオネットの取り付けたばかりのトイレを指差して言った。
「そんな。新しいトイレを使うわけにいかないよ」
香織は、首を横に振った。
「使っていいよ。ちゃんと動くかどうかのテストにもなるし」
マリオネットのオーナーの中野さんも、香織にトイレを勧めた。
結局、香織は、マリオネットのその新しいトイレを使わせてもらうことになった。
「どうだった?」
香織が、トイレの中で用事を済ませて出てくると、隆に聞かれた。
「なんか新品で気持ちよかった」
「そりゃ、そうだよな。新品だものな」
隆は言った。
「オーナーよりも先に、一番で新しいトイレを体験しちゃったものな」
隆に言われて、このトイレを使えと言われて使ったというのに、使い終わった後でそんなことを言われても、困ってしまう。
香織は、少し照れていた。
「さあ、食事に行こうか」
皆は、マリオネットのヨットを出て、夕食の準備ができているラッコのキャビンに入った。
「どう、トイレはちゃんと付けられた?」
麻美は、隆に聞いた。
「うん、付いたよ。香織なんて、オーナーよりも先にしっかり新しいトイレを使ってきたものな」
隆は答えた。
「そうなんだ」
「だって、隆さんがあのトイレを使えって言ったんだよ」
香織が麻美に言った。
「それは、隆が悪いよね。香織ちゃんは、隆に言われて使っただけだものね」
麻美は、香織と一緒に食卓の席につきながら言った。
食卓では、あけみのお父さんと雪が、鍋奉行になって、お鍋にシーフードを入れていた。
おいしそうなお鍋の匂いが、キャビンの中に漂っていた。
熱海→三崎航路
ラッコの下部キャビンでは、人生ゲームが始まっていた。
あけみが、うちのヨットに人生ゲームが積んであるという話をしたことで、人生ゲームが始まってしまったのだった。
ラッコの下部キャビンでゲームをやっているのは、隆に洋子たちラッコのクルーとあけみ、マリオネットの美幸だった。
ラッコの上部キャビンでは、マリオネットの中野さんとあけみのお父さん、マリオネットのクルーたちでお酒を飲んでいた。
麻美は、はじめ、あけみちゃんと一緒に人生ゲームにつきあっていたのだが、上の皆に呼ばれて上部キャビンでの話に混じっていた。
いつも、上部キャビンでのお酒班と一緒に飲んでいる雪は、珍しく今日は下部キャビンで人生ゲームをやっていた。
「明日は、あっきーガールは、どこに行くの?」
隆は、ゲームのルーレットを回しながら、あけみに聞いた。
「明日は、千葉の館山に行くんだって。お父さんが言っていた」
あけみは、隆に答えた。
「館山か。うちは本当は今日、千葉の勝山で泊っているはずだったんだけど、ヨットレースがあるということで、ここにもう一泊したんだよ」
「そうなんだ。それで明日は?」
「明日は、三崎にヨットを入れて、明後日に横浜マリーナに戻る」
隆は、自分たちの予定をあけみに伝えた。
「でも、ここにもう一泊して良かったね」
あけみと同じグループで人生ゲームをやっていた香織が言った。
「どうして?」
「だって、今日、勝山に行ってしまってたら、あけみちゃんとも会えていなかったんだよ」
「そうだよね」
あけみは、香織に言われて良かったと気付いた。
「雪ちゃんが夜にジュース飲んでいるのって珍しい」
佳代が言った。
「本当だね」
いつも、夜の宴会では、マリオネットたちと一緒にお酒を飲んでいる雪が、今夜は皆とジュースを飲みながら、人生ゲームをしているのだ。
「そうかな」
雪は答えた。
「なんか、それじゃ、私がすごい飲んべえみたいじゃない」
雪は、ジュースのコップを飲みながら答えた。
「飲んべえみたいじゃなくて、飲んべえだろ」
隆が雪に言った。
それを聞いて雪は苦笑していた。
「私、知っているよ。雪ちゃんのジュースって少しお酒入っているでしょう」
雪のグラスをついだ美幸が言った。
「やだ。美幸ちゃん、ばらしちゃダメよ」
雪は、隣の美幸の頭を軽く叩きながら言った。
「お酒入っているのか、そのジュース」
隆は言った。
「少しだけだよ」
「雪の少しってどのぐらいだ」
「これぐらい…」
洋子が、両手をいっぱいに広げてみせながら、笑って言った。
しばらく、人生ゲームをやった後、皆は、お腹いっぱいで眠くなってきてあくびをした。
「そろそろ寝ようか」
テーブルの上を片付けると、下部キャビンのテーブルを下げてベッドルームに変換した。
今まで宴会場だったここのスペースは、洋子とルリ子の寝床になっていた。
隆と佳代は、後部キャビンが寝床だ。香織と雪は最前部キャビンが寝床だ。
「もう、寝ちゃうの」
いつも、クルージングの夜は遅くまでキャビンでお酒を飲んでいる雪がつぶやいた。
「俺らは寝るけど、雪は上で皆と飲んでいてもいいよ」
隆が雪に言った。
雪が、上のキャビンでマリオネットの人たちとお酒を飲んでいるので、最前部で寝る香織の横が空いていた。
それで美幸はマリオネットに戻らずに香織の横で一緒に寝ていた。
あけみは、自分の家のヨット、あっきーガールに戻って、クルージング時はいつも寝ているお決まりの場所で寝ていた。
その後、上部キャビンで飲んでいた大人たちの宴会もお開きになって、それぞれの船に戻って眠りについた。
最前部の香織の横で美幸が寝ていたので、雪は、上部キャビン、パイロットハウスのサロンのテーブルを下げて、そこにクッションを敷いて寝ていた。
「このままで大丈夫、大丈夫」
と言いながら雪が寝ようとするのを制止して、麻美は、パイロットハウスに作った寝床にも、ちゃんとベッドシーツを敷いて、枕、毛布できちんとベッドメイクしてあげていた。
「おやすみ」
ベッドメイクを終えて、雪が寝るのを見届けてから、麻美も後部キャビンに行って、佳代の横に寝た。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。