夏のクルージングの準備

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第222回

斎藤智

「今日は、船は出さないで、一日ずっと整備しような」

隆は、皆に言った。

「船、出さないで乗るの久しぶりだね」

「夏は、ヨット日和の日が多いから、ついついマリーナに来たら、船を出しちゃうよね」

皆は、横浜マリーナの自分たちのヨット、ラッコが閉まってある艇庫の前で話していた。

「おはようございます!」

Tシャツにジーンズ、黒いサングラス姿の雪が遅れてやって来た。

「おはよう!」

「お仕事は?」

「うん。土曜になんとか夜遅くまで残業して終わらせた」

雪は、麻美に聞かれて答えた。

「先週の子どもたちは可愛かったよね」

「うん。なんか麻美さんが、すっかりお母さんに見えた」

ルリ子たちは、先週の横浜マリーナ主催の障害学校の子たちのヨット体験教室のことを話していた。

「先週の子どもたち?」

仕事で参加できなかった雪が、ルリ子に聞いた。

「障害学校の生徒さんたち」

「ああ、土曜日に子どもたちをヨットに乗せて上げたことか」

雪は、先週の土曜のことを洋子から電話で聞いたことを思い出して言った。

「でも、土曜の帰り際に、雪さんが突然、横浜マリーナに来たのはちょっと驚いた」

「確かに、皆が帰ろうとしているときになって、いきなり雪さんが来るんだもん」

香織も言った。

「だって、うちの会社は横浜市内なんだもん。会社が終わって、家に帰るときに、そういえば今日は皆、横浜マリーナでヨットに乗っているんだったって思い出したら、会社の帰りにちょっと寄ってみたら、会えるかもって思ったの」

雪が言った。

「でも、横浜マリーナって、横浜市内のオフィス街からは、少し離れているよね」

「そうなんだけどね。皆がヨットに乗ってるって思ったら、私も乗りたくなっちゃった」

雪は、笑っていた。

「雪ちゃんは、ヨットが好きだね」

「なんかさ、せっかく皆勤賞で来てるのに、先週の土曜に行かなかったら、それが崩れちゃうかなって・・」

「もうヨット教室の生徒は卒業してるんだから、皆勤賞って」

皆は、雪の言葉に大笑いしていた。

「そうか。皆勤賞か」

まだ現役のヨット教室生の香織がつぶやいた。

「香織も、まだ皆勤賞じゃない」

「そうだね」

香織は、隆に答えた。

「来週は、一週間ずっとヨットのキャビンの中で寝泊まりするのだから、しっかり換気して、毛布とかは干しておかないとね」

麻美たちは、キャビンの中の部屋を換気してお掃除していた。

隆と洋子に、雪とルリ子は、パイロットハウスの床板を外して、その下に格納されているエンジンをチェックしていた。

エンジンオイルの交換やらフィルターの交換など忙しそうだ。

「あ、そうだ!伊豆七島の地図、頼んでいたの来たよ」

隆は、エンジンをチェックしながら、ルリ子に言った。

「あ、来た!じゃ、あとでナビにインストールしてみるね」

ルリ子は言った。

「ちょっとお昼の買い出しに行ってくるね」

麻美は、お財布と佳代を連れて、横浜マリーナの敷地内にあるスーパーマーケットにお昼ごはんの買い物に出かけた。

お昼は、スーパーで買ってきたものを、ラッコのキャビンのテーブルで食べるつもりだった。

お昼を食べ終わった後は、またのんびりと来週のクルージングの準備をしていた。

今日は、夕方まで一日ずっと、陸の上の艇庫に入ったままのヨットの上で、のんびりだらだらと整備して過ごすラッコのメンバーたちだった。

ヨットは、海に出てセイリングするのも醍醐味だが、陸の上でのんびり過ごすのも、また別の醍醐味だった。

一週間のお休み

「今週は、もうあと一週間だし、のんびり仕事してもいいよな」

隆は、月曜日の朝、会社に出社して自分のデスクでつぶやいた。

「何を言っているの?来週はお盆ウィークでお休みなんだから、その分も今週は、頑張ってお仕事しなきゃならないんでしょう」

麻美は、隆に言った。

「麻美は仕事が好きだよね」

「別に、好きなわけじゃないけど、私がそう言わないと、隆はすぐに遊びのことにばっか、夢中になってしまうでしょう」

麻美は、隆の顔をみて苦笑した。

「まったく、どっちが会社の社長なんだか」

それから午前中、しばらくは隆も自分の社長席のデスクで無言で仕事に集中していた。

麻美も、すぐ側の秘書席で自分の仕事をしていた。

麻美は、自分の仕事をしながらも、たまにチラッと隆のほうを見ると、パソコンに向かってちゃんと仕事をしているようだった。

「よしよし」

麻美は、ちゃんと仕事している隆の姿を見て思っていた。

「すみません、社長宛ての荷物が届いています」

社員が届いた荷物を持って、社長室にやって来た。

「どうもありがとう」

麻美は、社員から荷物を受け取った。

「なんだろう?」

それは、amazonからの荷物だった。

特に、うちの会社はamazonとは取引がないはずなのだが。

しかも今、届いている荷物は、日本のamazonではない、アメリカのamazonから届いている荷物だった。

「あれ、隆の名前で来ている」

荷物の宛て名が、会社でなく隆個人の名前になっていた。

「ああ、どれどれ」

その声を聞いて、仕事していた隆が、仕事をやめて立ち上がってきた。

「来た、来た」

隆は、荷物の宛て名を確かめて、なんだか嬉しそうだ。

「これ、ほら、昨日ルリ子が言ってたじゃん。ナビの足りなかった部品」

隆は箱を持ち上げて、麻美に見せながら言った。

「よかったわね」

麻美は、嬉しそうな隆の笑顔をみて言った。

「でも、なんで会社に届くの?うちに送れば良かったじゃないの」

麻美は、言った。

「会社に着く方が早く届くでしょう」

さっそく隆は、箱を開けようとした。

「ほら、ダメ」

麻美は、箱を取り上げると、自分のバッグの中にしまってしまった。

「ええ」

「はい、今は仕事中ですよ。自分の席に戻ってください」

麻美は、隆を席に戻らせた。

「いただきます」

お昼の時間、麻美が作ってくれたお弁当を、隆は自分の席で開いた。

麻美も、自分の分のお弁当を自分の席で開いて食べ始める。

「おいしいな」

「うん。それ、お母さんの作ったおかずだからね」

麻美は、隆の食べた唐揚げのことを言った。

「こっちもおいしいよ」

「それも、お母さんが作ったからね」

麻美は、もう一度同じことを言った。

「つくねの味はどう?」

今度は、麻美から隆に聞いた。

「うん、まあまあかな。こっちの唐揚げがおいしいよ」

「そうなんだ」

麻美は答えた。

「え、もしかして、つくねは麻美が作ってくれたの」

「うん」

隆は、麻美の返事を聞いて、まずいって表情になった。

「隆は、うちのお母さんの料理好きだもんね」

麻美は、隆がまずいって表情しているのに気づいて、笑いながら言った。

「これ、開けてみる」

食後、麻美は、自分のバッグからさっき届いた箱を取り出して、隆に渡した。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。