夏のクルージングの始まり

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第223回

斎藤智

金曜日の夜、隆と麻美は仕事が終わると、車で横浜マリーナに向かっていた。

これから一週間はお盆休み、夏休みの始まりだった。

夏休みは、一週間ずっと皆でヨットに乗って伊豆七島をクルージングして周る予定だった。

ほかのメンバーも、その日の夜は、会社での仕事を終えると、そのまま横浜マリーナに直行してくる予定だった。

「船、ちゃんとポンツーンに下されているかな」

助手席の隆は、運転している麻美に話しかけた。

「大丈夫よ、私、ちゃんと昼間に横浜マリーナに電話して、今夜に出航しますから降ろしておいてくださいって頼んでおいたもの」

麻美は答えた。

「あ、ルリ子!」

横浜マリーナの近くまでやって来たとき、歩道を眺めていた隆が、歩道を指さして言った。

「え、どこ?」

麻美も、歩道を歩いているルリ子の姿を確認して、車を停めた。

「おはよう!」

隆が助手席の窓を開けて、ルリ子に声をかけた。

「こんばんわ」

ルリ子が振り向いて、隆たちに気づいた。

の後ろのドアを開けると、中に乗った。

「いま会社からの帰り?」

「うん」

「夕食はもう食べた?」

「まだ」

「じゃ、ヨットに行ったら、何か作ってたべようね」

「うん。麻美さんたちは?夕食は?」

「私たちもまだよ」

さらに、車を横浜マリーナの近くまで進めると、洋子と佳代の歩いているところと遭遇した。

麻美は、二人のすぐ後ろで車を停めて、また隆が助手席の窓から声をかける。

二人も、後ろのドアを開けて、中に乗った。

それから、車は横浜マリーナに到着して、マリーナ付属の駐車場に車を入れた。

皆は、そこでトランクの荷物を下していると、残りのメンバーも駐車場にやって来た。

「こんばんわ」

「横浜マリーナの前までやって来たら、駐車場で荷物を出し入れしている麻美さんたちの姿が見えたから」

皆は、下した荷物を手分けして、横浜マリーナ敷地内のポンツーンに停まっているラッコの艇内まで運んでいた。

皆が、荷物を手分けして運んでいると、後ろからマリオネットのメンバーがやって来た。

「ラッコのメンバーは、いつも来るときから、ずっと一緒に行動していて仲が良いね」

マリオネットの中野さんに言われた。

別に、来るときからずっと一緒だったわけではなく、たまたま、さっき横浜マリーナの近くまで来たときに出会っただけなのだったが。

さあ、これから長く楽しい一週間、夏のクルージングが始まるのだ。

ラッコで夕食

「ごはん、できたよ」

麻美の一声で、ラッコのそれぞれの場所で出航の準備をしていたメンバーたちは、キャビンのダイニングに集まってきた。

今夜の夕食はカレーライスになった。

カレーライスといっても、インスタントではない。

お野菜やお肉を切って、しっかり煮込まれたカレーライスだった。

「いいにおい♪」

皆は、それぞれいつも自分が座っている席に座って、夕食を食べ始めた。特に、誰がどこと席を決めているわけではないのだが、なんとなくいつも同じ場所に座って食べている。

「ルリちゃん、ナビの設定はうまくいった?」

「うん、ばっちしインストールできたよ」

ルリ子は、麻美に聞かれて返事した。

皆が食事をしていると、隣りのポンツーンに停泊しているマリオネットのメンバーたちが、ラッコの艇に遊びにきた。

「こんばんは」

「こ、こ、こんばんは。ふふ、遅めの夕食してたんで」

麻美が、急に声をかけられて、食事をあわてて飲み込んでから答えた。

「食べます?」

麻美は、自分の席を立って、マリオネットのメンバーの分を、お鍋のカレーライスからお皿に装った。

マリオネットのメンバーも一緒に食事となった。

「うん、美味しいね」

中野さんたちも、キッチン前のダイニングで食事していた。

いつもだと、中野さんたち、お酒を飲むグループは、パイロットハウス上のサロンで、お酒を飲まない派は、キッチン前のダイニングで食事しているのだが、今夜は皆、キッチン前のダイニングで食べている。

キッチン前のダイニングは、パイロットハウスに比べて、少し狭いので座るところも足りないので、後から来た人たちは、アイスボックスとか何か座れるものを持ってきて、そこに座って、食べていた。

「美幸ちゃんも、しっかり食べてね」

麻美は、マリオネットの新人の美幸に、カレーライスを薦めた。

「はい、美味しいです」

「おかわりは?」

麻美が、ほとんど空になっている美幸のお皿を見て言った。

「ヨットは遠慮したらだめよ」

「そうだよ、どんどん食べないと無くなちゃうからね」

洋子も、美幸に言った。

「太ることも気にしてたらだめだよね、ヨットではダイエットは禁止。ダイエットは、普段すれば良いんだもんね」

ルリ子は、自分のぽっちゃりしたお腹を揺らしながら笑った。

「はい」

美幸も、笑いながらルリ子に返事した。

「ルリちゃん、普段はダイエットしてるんだ」

「え、私?あんまりは、していないんだけど・・」

麻美に言われて、ルリ子は小声で返事して苦笑した。

皆は、ルリ子の言葉に一斉に笑った。

ナビの練習

「ふーん、それで全部、地図が画面に出てきちゃうのか」

隆は、ルリ子がナビゲーションを操作している姿を後ろで眺めながら感心していた。

「隆、ぜんぜんわからないんでしょう?」

麻美は、隆の頭をポンポンしながら声をかけた。

「確かに。ぜんぜんわからない」

隆は、なんの躊躇もなくナビゲーションのボタンを押して、進めていくルリ子の姿が少しうらやましそうだった。

「ルリちゃんは、どうして操作がすぐ出来るの?」

麻美がルリ子に聞いた。

「え、なんとなく。会社のパソコンなんかでも、ここを触るとこうなるみたいなのあるじゃない。それが基本的な部分は、パソコンもナビゲーションも同じような感じなんだもん」

「同じなんだ」

麻美には、ぜんぜん違うようにしか思えなかった。そもそもパソコンの操作自体が、麻美にはよくわからないところが多かった。

「すごいね」

ルリ子の後ろで感心している麻美の後ろから、マリオネットの中野さんも、ルリ子のことを感心していた。

「G2200って型番だろ?」

「はい」

中野さんに質問されて、ルリ子は答えた。

「うちのヨットに付いているのは、G1800というやつなんだけど」

「それじゃ、2年前のモデルですね」

ルリ子は、中野さんが言った後、すぐに反射的に答えた。

「うちのじゃ、古いから、こんな鮮明に地図、海図が画面に表示されたりはしないよね」

「表示されますよ。ソフトウェアのバージョンアップすれば、これと同じように」

ルリ子が答えた。

「今度、教えてよ」

中野さんは、ルリ子に頼んだ。

「あ、でもダメかな。せっかく教えてもらっても、すぐ忘れちゃうから」

中野さんは苦笑した。

「でも、バージョンアップは一度だけやればいいから。それだけやっておけば、次から画面は出やすいと思うけど」

「ルリ子は、慣れているけどさ、俺たちおじさん、おばさんにはなかなか慣れないんだよ」

隆がルリ子に言った。

「そうそう、確かにコンピューターはそれがあるね」

中野さんも、隆に賛同した。

「ほら、おじさん、おばさんがわからなくなっても大丈夫なように、マリオネットのナビは、美幸ちゃんが覚えてあげなきゃ」

麻美は、マリオネットの美幸に声をかけた。

「あ、はい」

美幸は、麻美に返事してから、ルリ子に言った。

「今度、私にも教えてください」

「うん、いいよ」

ルリ子は、美幸に返事した。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。