また、式根島へ

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第57回

斎藤智

次の日、ラッコは、三宅島を出航して、式根島を目指して走っていた。

隆としては、本当は今日一日ずっと三宅島に停泊して、ゆっくり島を観光して、もう一泊したかったのだが、休みの関係でそろそろ三宅島を離れて、横浜方面の島に戻らなければならなかった。

「式根島に戻ったら、この間、入港した港に入るの?」

洋子は、隆に聞いた。

隆は、違うと返事した。

今回は、式根島港ではなく、野伏港のほうに入港予定だった。

三宅島から式根島に向かうまでの間には、神津島という島がある。来るときは、その神津島の太平洋側を走ってきたが、帰りは、静岡県側を走っている。

太平洋側を走っていたときは、右にこそ、神津島や伊豆七島が見えてはいたが、左側は、太平洋の海が広がっていて、外海を走っているという感じだった。今回は、静岡側なので、左側に神津島など伊豆七島を見て、右側には静岡の伊豆半島が見えている、陸地に囲まれているので、外海という感じはしない。

「伊豆半島の港を、周ってみるのも楽しいと思うよ」

「そうだよね。南伊豆とか、いい温泉とかいっぱいあるって聞くものね」

隆と洋子は、静岡のほうを眺めながら話していた。

ラッコは、野伏港に近づいていた。

「隆さん、ステアリングを代わって」

ずっとステアリングを握って操船していた佳代が、隆にお願いした。

隆がフォアデッキから起きあがって、コクピットにやって来て、佳代とステアリングを代わった。

「入港するから、フェンダーを用意してくれる」

隆の合図で、ラッコのクルーたちは、フェンダー、船の船体を守る防舷材を、手に持って、ヨットの左右に行って、そこにぶら下げた。

後ろからついてきていたマリオネットのクルーたちも同じように、自分たちの乗っているヨットの左右にフェンダーをぶら下げていた。

同じ式根島の港なのに、式根島港に比べたら、野伏港は、ずいぶんと賑やかな港だった。大きな漁船や旅客船、東海汽船が停泊していた。

港からずっと丘の上のほうに向かって、建物がびっしりと建っていた。

式根島港は、自然が豊かな港という感じだったが、こちらは、民家がつながっていて、同じ式根島だというのに、趣きが全く違っていた。

伊豆の原宿

ラッコとマリオネットは、狭い野伏港内に停泊していた。

「ここは、本当に賑やかな島ね」

もう30代になる麻美は、港の前の道を、水着や短パンで歩いている若者たちの姿を、目を白黒させながら驚いていた。

今までの伊豆七島の島々は、どこも自然豊かで静かな島だったが、ここ、野伏港の周辺の町は、今までの島とは様子がまったく異なっていた。

港の前から海岸のほうに向かう道には、ずらっと若者向けのファッションショップが並んでいて、それらの店は、丘の上のほうまでずっと続いていた。

そのお店でのショッピングを楽しもうと、10代、20代の水着姿の若者たちが集団でわいわいと騒ぎながら、歩きまわっていた。港の向こうの海岸、ビーチも、若者たちで溢れかえっていた。

「まるで、東京の原宿が、町ごと引っ越してきてしまったみたい」

「なんか、この賑やかさには、ついていけない」

雪も、洋子も、島の様子をみて驚いていた。

「洋子ちゃんでもついていけないんだ」

「うん」

「ここは、ルリちゃんや佳代ちゃん世代の町かな」

麻美は、横にいる佳代の頭を撫でながら、言った。

「私も、原宿のお店は、一回行ったことあるけど、あまり好みでなくて、好きじゃなかったな」

ルリ子は、麻美に答えていた。

「じゃ、うちで言ったら、この町の雰囲気についていけそうなのは、佳代ちゃんぐらいかな」

麻美は、佳代のほうを見ながら、言っていた。

佳代は、麻美に、佳代ならば原宿の雰囲気に似合いそうって言ってもらえて、少し嬉しかった。 でも実は、高校生の頃、佳代は、友だちに、学校が早く終わった帰りに、原宿に行こうと誘われて、一緒に行ったことがあったが、そのとき、友だちは皆、お店を次々に周って、フリルが付いた可愛い服などを、試着したり、探したりしていたが、高校生の頃、地味だった佳代だけは、原宿の派手な服には、ついていけずに、一人寂しく過ごしていたことを思い出していた。

「後で、町のほうに行ってみようか」

麻美は、自分はそんな興味あったわけではないが、佳代が喜ぶかなと思って、佳代に声をかけた。

佳代は、高校生の頃に、友だちと原宿に行ったときのことを思い出して、自分もついていけないって断ろうかとも思ったが、優しい麻美と一緒だったら、あのときに友だちについていけなかった自分でも、麻美と一緒だったら楽しめるかなって思えてきていた。

結局、食材の買い出しもしなければならなかったので、ラッコの乗員皆で町に繰り出そうということになった。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。