この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第189回
斎藤智
今日のお昼は、いつものお昼ごはんと違っていた。
いつもならば、麻美が作っているのだが、今日のお昼ごはんは洋子の手作りだ。
「ええ、今度の日曜って麻美ちゃんの誕生日なの!?」
洋子は、隆からの電話で知った。
「それで、今度の日曜、横浜マリーナにヨットに乗りに行ったら、何かサプライズパーティーをやりたいと思うんだけど」
隆は、洋子に提案した。
「うん。それっていい考えだよ。やろう!」
洋子が、麻美のサプライズパーティーを企画することになった。
洋子は、隆との電話を切った後で、麻美に電話をした。
「もしもし、麻美ちゃん」
「もしもし、洋子ちゃん。どうしたの?」
「今度の日曜なんだけど、私がお昼作って持っていきたいんだけど、いいかな?」
「うん、いいよ。洋子ちゃんがごはんを作ってきてくれるの?」
「そうなの。美味しい料理を作ったから、皆にも食べさせたくて」
「へえ、今度の日曜は、洋子ちゃんのお料理が食べれるんだ。楽しみ!」
「うん。楽しみにしていてね」
洋子は、笑顔で麻美に答えた。
「そしたら、今度のヨットは、私は、ごはんの準備をしていかなくてもいいんだ。それは楽だわ」
「そう。麻美ちゃんは、手ぶらで来てね」
洋子は、麻美との電話を終えた。
その後、香織たちほかのクルーと電話して、サプライズパーティーの計画を立てた。
日曜日、横浜マリーナを出航したラッコは、横須賀の深浦港に入港した。
深浦港は、横須賀の米軍基地、自衛隊の基地などがある三笠のすぐ手前のところにある港だった。
その湾内には、ヨットやボートなどを係留している海面があって、そこに停泊している港湾作業用の台船、作業船に横付けして、お昼ごはんを食べたりすることができた。
船が着岸すると隆は、麻美を誘って港の近くにあるダイエーまでウインドウショッピングしに行った。
隆は、洋子に事前に麻美を連れて船を出かけるように言われていたのだった。
「なんで、ここにお買い物に来たの?」
麻美は、急にダイエーにお買い物に行こうという隆を不思議に思っていた。
「いや、別に今日でなくても良いんだけど、会社で使う文房具が欲しくなって…」
隆は、しどろもどろに答えたのを聞いて、麻美は思わず吹き出してしまった。
金曜日に、会社で隆は、社長室でずっと探し物をしていた。
その隆の姿に麻美は、何を探しているのか聞いたら、自分の書くものがないとかでメモ帳とボールペンを探していたのだ。
結局、その場は、麻美の机に入っていた筆記用具を使って用事は済んだのだったが、隆の机がいつも散らかっているから、物をなくしてしまうのだと、麻美は隆に怒ったところだった。
「あのことを、まだ気にしていたんだ」
麻美は隆に言った。
別に、ヨットに皆で遊びに来ているときに、そんな会社でのことを思い出さなくてもいいのに、突然思い出したように自分のことを誘って、ほかの皆をヨットに残したまま、ダイエーに買い物に来てしまった隆のことを思わず笑ってしまったのだった。
隆としては、実はそういうわけではなかったのだが。
「このボールペンとかおしゃれでいいな」
「それは、ボールペンじゃないよ。万年筆っていうのよ」
麻美は隆に言った。
ボールペンとメモ帳を選んでレジに持っていきながらも、隆は、さっきの万年筆が気になるようだ。
「それじゃ、これは私が買ってあげる」
麻美は、万年筆を買うと、隆にプレゼントした。
「本当は、今日は私の誕生日なんだからね。なんで自分の誕生日に隆にプレゼントをあげなきゃいけないのよ」
麻美は、万年筆を隆に渡しながら言った。
「ありがとう」
隆は、麻美から万年筆を受け取りながら言った。
二人は、皆が待っているヨットに戻った。
麻美がキャビンのドアを開けて中に入った。
いつものキャビンには、赤や緑、青などのデコレーションがされていた。そのデコレーションの中央の壁には、「麻美ちゃん、お誕生日おめでとう」って書かれていた。
メインサロンのテーブルには、洋子の手作り料理をはじめ、いろいろな料理が豪華に並べられていた。
「すごい!なに、これ」
麻美は、キャビンの中に入って驚いた。
ハッピーバースデー!
麻美がキャビンに入ると、大きなクラッカーの音が鳴った。
「うわ!」
麻美は、皆の鳴らしたクラッカーの音に耳を押さえながら、笑顔になっていた。
「ハッピーバースデー!」
「ありがとう。どうして私の誕生日がわかったの?」
麻美は驚いていた。
「これ、私たちからのプレゼント」
洋子がリボンのかかった箱を麻美に手渡した。
「このお料理って」
「これとこれは、洋子ちゃんがうちで作って来たの」
「こっちは今、私たちで作ったの」
麻美は、席につくと、皆からテーブルの上の料理の説明を聞いていた。
「隆が、今日は麻美ちゃんの誕生日だから何かしたいって言われたから、それで企画したの」
洋子が言った。
「そうなんだ。それって、もしかして、さっき隆が私のことをダイエーに連れて行ったのも…」
「そうなの。準備する間、麻美ちゃんには外に行っていて欲しかったから」
「そういうことなのね。どうして、隆がいきなり文房具買いに行こうなんておかしいと思っていたんだけどね」
麻美は言った。
「ごはんを食べよう」
皆は、席に着くと、ワインで麻美の誕生日を乾杯すると食事が始まった。
食事の後は、香織が焼いてきたバースデーケーキが出てきた。
「ふうぅー」
麻美が、ケーキの上に並べられたロウソクを吹き消してから、皆の分に切り分けて食べた。
「消すのが大変」
麻美は、ロウソクを吹き消したときに言った。
なにしろ、はじめは30本のロウソクが立っていたのだ。
それにプラスして、隆があと8本足りないじゃないとか言って、余っていた8本のロウソクまで立てたのだった。
全部であわせて、麻美は38本のロウソクを吹き消したのだった。
「はぁ、疲れた。ロウソク多いんだもん」
「それだけ、おばさんになったってことだね」
隆が言った。
「おばさん、おばさん言うけど、隆だって私や雪ちゃんと同い年なんだからね」
麻美は苦笑した。
「違うよ。俺はまだ一つ下だよ」
隆が答えた。
「え、そうなんだ。同い年かと思ってたけど、隆さんのほうが麻美ちゃんよりも一つ下だったんだ」
ルリ子がマジで驚いていた。
「うそよ。私たち同い年よ」
「今はまだ年齢的には、隆のほうが一つ下かもしれないけどね」
「でも、一か月だけよね」
麻美と雪が言った。
来月になって、隆の誕生日が来たら、また同い年だ。
「あら、かわいい!」
麻美は、洋子たちにもらったプレゼントの箱を開けて言った。
箱の中身は、黒を基調にしたシックなワンピースだった。
「あとで、横浜マリーナに戻ったら、もう一個プレゼントもらえるから」
洋子が言った。
「え、なに?まだプレゼントがあるの?」
「美幸ちゃんがなんかプレゼントがあるらしいの。パーティーのときに渡してって、朝、美幸ちゃんから渡されたんだけど、自分で渡したほうがいいよっていったん戻したから」
洋子は言った。
「そうなんだ」
「美幸ちゃんも、麻美ちゃんのお誕生日に参加したくて、こっちのヨットにすごく乗りたがっていたのよ」
「そうか。所属がマリオネットだものね」
麻美も、美幸が自分の誕生会に参加できなかったことを残念そうにつぶやいていた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。