第二回横浜マリーナヨットレース

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第185回

斎藤智

日曜日、横浜マリーナでは、今年二回目のヨットレースが開催される。

隆たちも、レースに参加するため、横浜マリーナに来ると、艇庫でセイルなど準備をしていた。

「見て。お昼ごはんは、レース中でも食べやすいように、おにぎりの中に具を入れたの」

麻美は、持ってきたバッグの中をルリ子に見せた。

おにぎりは、具を真ん中に入れて閉じてしまうおにぎりではなく、具が表に見えているタイプのおにぎりだった。

そのおにぎりを、下側だけラップで包んで、手に持って食べやすいようになっていた。

「かわいい!」

白いお米の器に、緑のレタスに、その中に卵やらお肉やらおかずが詰まって色とりどりなのが可愛くみえている。

レースの準備が終わったので、ヨットを横浜マリーナのスタッフにクレーンで下ろしてもらって海に出た。

「なんで、ずっとバスケットを持ったままなの?」

隆は、麻美に聞いた。

麻美は、お昼ごはんの入ったバスケットを手に抱えたまま、コクピットに座っていた。

「この間のレースのとき、レース中は皆、落ち着いて食事できなかったでしょう。だから、私がここで持っていれば、いつでもお腹が空いたときにおにぎりを渡してあげられるかな?って思ったの」

麻美は言った。

「ちゃんと水筒もあるから、のど乾いたときも大丈夫よ」

麻美は、バスケットの中から小さな水筒を出して見せながら言った。

「そうやって、バスケットを持ちながらずっと座っているってことは、レースで活躍する気はぜんぜん無さそうだな」

隆が言った。

「え、私?私は、レース中は何もしないでここでじっとしているわよ」

麻美は言った。

「それに、私が動くと、レースのお邪魔になるから、じっとしているほうが良いでしょう?」

麻美は、隆に言った。

よほど前回のレースのときに隆に怒られたことを根に持っているようだ。

「オーナー夫人だからね」

麻美の横に座っていたルリ子も言った。

「ね!ルリちゃんも一緒に私たちは、ここでお弁当を配る担当になることにしたのよね」

麻美は、ルリ子と並んで肩を寄せ合いながら言った。

「お弁当を配る担当だって、レースでは大事よ」

麻美は、皆に笑顔でそう宣言していた。

「ああ、今回のレースは、舵も洋子に任せっぱなしにして、俺もレース中はじっとしているよ」

隆も言った。

今も、ヨットの舵は、洋子が握っていた。

レースのスタートを合図する笛が本部艇から鳴った。

レースに参加しているヨットたちは、一斉にスタートラインをスタートして行った。

はじめ、洋子は、ほかのヨットにぶつからないようにと思って、皆と離れた少し後ろのほうからスタートするつもりでいた。

だが、セイルトリムをしている雪や佳代の姿に圧倒されて、いつの間にか、ほかのヨットよりも前へ出て、スタートしていた。

スタートが良かったおかげで、暁などのレース艇の後ろについて、だいたい3位ぐらいで走っていた。

「よし、いいぞ!そのまま、もっとヒールを抑えて、風上側を走っていけ!」

レースがスタートする前は、今回のレースには参加しないなどと言っていた隆も、ラッコがレースで上位を走っているのを見ると、夢中になって洋子に走り方のアドバイスをしていた。

そうは言っても、ラッコは、所詮は艇体の重いモーターセーラーなので、レースが中盤に差し掛かるに従い、次第にほかのヨットに抜かれていき、後ろのほうの順位に落ちていった。

順位が落ちていくにつれて、隆の声のトーンも次第に落ちていった。

「隆ってわかりやすいね」

麻美は、横のルリ子に小声で言って、苦笑していた。

レース後のパーティー

最終的な順位は・・ともかく、ラッコも無事ちゃんとゴールして横浜マリーナに戻って来た。

「お昼が、おにぎりだけだったから、お腹空いたな」

「私も!」

「ヨットの後片付けが終わったら、ショッピングスクエアのほうに行って、何か食べようか」

「賛成!早く片付けて食べに行こう」

隆の提案に、クルー皆が賛成して、片付けが終わったら、横浜マリーナ併設のショッピングスクエアで食事しようということになった。

お腹が空いているので、早く食べに行きたいために、皆の片付けの手も自然と早く動くようになっていた。

「ねえ、佳代ちゃんのこと借りてもいい?」

お昼に食べた後のタッパーとかを洗いに行っていた麻美が、ヨットに戻って来て隆に言った。

「どうぞ。どっか行くの?」

「佳代ちゃん、焼きそばを焼くの手伝って」

ヨットの片付けをしていた佳代に、麻美が言った。

「下のマリーナの広場で、ミニパーティーをするんですって。そこで食べる料理の準備を手伝ってくれって、横浜マリーナのスタッフに頼まれたから、ちょっと佳代ちゃんを連れて手伝ってくるね」

麻美は言った。

「隆たち皆も、ヨットの片付けが終わったら、食べに降りておいでよ。ヨットレースに参加した人たちは皆、パーティーに参加していいらしいから」

出かけていく前に、麻美はそう言ってから出かけていた。

「今日は、レース後のパーティがある日なんだ」

「良かったね。ショッピングスクエアに行かなくても、下のパーティでごはんが食べられるね」

皆は、早々と後片付けを終えると、ヨットに鍵をかけてマリーナの広場に向かった。

横浜マリーナの艇庫とクラブハウスの間にあるちょっとした広場には、小さなテントが張られていて、その下では、焼きそばやら、お肉、バーベキュー、肉汁などが料理されていた。

テントからは、料理の湯気が美味しそうな匂いと一緒に漂っていた。

「うまそう!」

「お腹が鳴っちゃう」

ラッコの皆は、テントの周りに集まった。

ほかのレースに参加したヨットのクルーたちも、もうそこに集まって来ていた。

肉汁のお鍋の前では、麻美と佳代がいて、肉汁を作っていた。

「肉汁ください」

二人の前に行って、隆が声をかけた。

「はい、お客さん。お野菜がちゃんと取れるように、しっかりお野菜を多めにしておきましたから、全部ちゃんと食べてくださいね」

麻美が、紙のお椀に肉汁をすくって、隆に手渡した。

確かに、隆の受け取った肉汁には、じゃがいもやニンジン、白菜など野菜が多めに入っていた。

「野菜が多くて、うさぎになった気分だな」

隆は、その肉汁を食べながら言った。

「いいじゃない。隆君は、うちじゃ一人暮らしなんだから野菜をいっぱい取れて…」

同じく肉汁を食べながら、雪が隆に言った。

「麻美ちゃんからの愛情なんだから、ちゃんと食べてね」

洋子が笑顔で言った。

「うわあ!」

テントの隣に置かれていたバーベキューの鉄板から炎が勢いよく上がって、その周りにいた男性たちから大きな歓声が上がった。

鉄板の前では、暁のオーナーの望月さんが、大きな肉の塊を豪快に焼いていた。

「そろそろいいぞ!焼けてきたよ!」

焼きあがった肉を刺した箸を高く上げながら、望月さんが叫んだ。

その声を待っていましたとばかりに、参加者たちは皆、バーベキューの前に並んでいた。

「すごい行列だな。後でもう少しすいてから、もらいに行くか」

隆は、肉汁を食べながら言った。

「お肉もらいに行こうよ」

「いま混んでいるよ」

「待っていたら、無くなってしまうかもよ」

ルリ子と洋子は、混雑しているバーベキューの中に入っていって、お肉をもらいに行った。

「第一弾のお肉は完売!第二弾をこれから焼くから、もうちょい待っていてね」

焼きあがったお肉は、あっという間に無くなり、さらに第二弾のお肉を、望月さんは、これから焼き始めるらしい。

「お肉、もらってきたよ」

ルリ子と洋子は、しっかりと第一弾で焼かれたお肉をもらってきていた。

しかも、お皿を何皿か持っていて、雪や隆たちの分までもらってきてくれていた。

肉汁の調理は、ひと段落して、麻美と佳代たちも一休みしていた。

「麻美ちゃんたちも、お疲れ様」

ルリ子が、二人のところに行って、持っていたお皿を渡した。

「ありがとう」

ルリ子が持っていったお皿は、一皿しかなかったので、麻美は、それを佳代に渡した。

「佳代ちゃん、先に食べていいよ」

麻美は言った。

「ねえ、隆さんは、お肉まだ食べないよね」

隆がまだ肉汁を食べていて、洋子たちからもらった肉のお皿は、そのままだったので、洋子は、それを持って麻美たちのところに行ってしまった。

「麻美ちゃん、このお肉を食べて」

洋子は、麻美にそのお皿を渡していた。

「ありがとう」

麻美は、そのお皿の肉を食べていた。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。