船酔い

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第90回

斎藤智

海は、北風で少し荒れていたが、乗員は皆、元気に勝山港を出航した。

勝山港を出て、しばらく沖に向かって走って行くと、東京湾の本船航路に突入する。

「さあ、本船航路だ。大きな船に気をつけながら渡ろう!」

隆は、皆に言った。

北風でヨットは、右に左に、横揺れがけっこう大きかった。

「大きな波は、なるだけ横から受けないで、正面から波にあわせて受けるようにすると、横ゆれが少なくて済むよ」

「はい。このまま、まっすぐ進めばいいよね」

隆に言われて、舵を握っていた雪が、必死でステアリングを取っている。皆の中で普段あまり、舵を握らない雪が、めずらしく自分からステアリングを握っていた。

「洋子ちゃん、もう少しセイルを引いてもらえるかな」

「了解!」

雪に言われて、洋子は、セイルのシート、ロープを引いて、セイルを船体の内側に引きこんだ。

「こんなに海が荒れているというのに、なんか、今日は雪、ずいぶん元気じゃないか」

隆は、洋子に指図をしながら、ステアリングを右に左に回して、舵を取っている雪に言った。

「うん。なんか楽しくない?この揺れってワクワクしてくる」

雪は、元気よく隆に答えていた。

「なんだよ。雪って、けっこうMっ気ないか」

隆は雪に言った。

それとは、逆に麻美が言葉少なくなってきていた。

それまでは、元気にセイリングしている雪たちを、笑顔で見ていた麻美が、だんだんと言葉少なくなっていたのだった。やがて、佳代に何かひそひそと話をすると、二人は、キャビンの中に入ってしまった。

麻美の憂鬱

隆は、何かあったのかと直感していた。

それまで、皆がセイリングしているのを、笑顔で見ていた麻美なのに、麻美の表情から笑顔が消えて、言葉も少なくなって、やがて麻美は、キャビンの中に閉じこもってしまった。

その様子を見た隆は、麻美の笑顔がいつもの明るい麻美と違うことに直感していたのだった。

ラッコのオーナーでもあり、スキッパーでもある隆は、セイリング中、航海中は、常に周りの気象、海象に注意して、船を安全に航海させなければならない。

それに加えて、乗員の健康管理、体調にも、気を配っておかなけれなばならないのだ。

「雪。今、左から来る貨物船を、やり過ごしたら、もう本船航路は、通過するから、そしたら、俺は、少しキャビンに入るから、舵を任せてもいいかな」

隆は、ステアリングを握っている雪に声をかけた。

「はい、大丈夫よ。ねぇ、洋子ちゃん」

「うん」

隆は、雪や洋子にデッキのことは任せて、キャビンの中に入った。

パイロットハウスの入り口から、中に入ると、すぐのところのサロンの椅子に突っ伏す形で、麻美が座っていた。

「どうした?」

隆は、麻美に声をかけた。

「え、どうもしないわよ」

麻美は、笑顔を作りながら隆に答えた。

「大丈夫じゃないじゃん。なんか体調悪そうじゃないか」

「ああ、なんか少し頭痛というか、目まいみたいな感じがするの」

麻美は、今度は素直に、今の自分の状態を隆に話した。

「昨夜の酒が回ったか?飲み過ぎで二日酔いとか・・」

「そんなわけないでしょう。私、マリオネットさんたちと起きていても、話の相手しているだけで、お酒なんて大して飲んでいないもの」

麻美は、ぐったりした表情で、隆のジョークに反論していた。

「麻美ちゃん、いつもお酒飲んでないもの、皆のお酒が無くなっていないかとか、お料理とかおつまみが足りていないか忙しいんだから」

佳代が隆に言った。

「そうか。ママは主婦業が大変だものな」

隆は、佳代に返事しつつ、麻美の頭を優しく撫でていた。麻美は、隆の撫でてくれている行為にも、ほんの少しだけ笑顔を見せるのがやっとだった。

「たぶん、海が荒れて揺れがひどいから、少し船酔いしたのかもしれないな」

隆は、麻美のおでこに手を当てながら言った。

「ここじゃなくて、後ろのベッドで、少し横になっていろよ」

隆は、ここで大丈夫と言う麻美を無理やり船尾のオーナーズルームのベッドに横に寝かせた。

「ここで横になったら、本当に寝てしまいそうよ」

「いいじゃない。本当に寝てしまっても…」

隆は、麻美の背中をさすりながら答えた。

「それで、佳代も気持ち悪いんだろう。ほら、麻美の横が空いているから、ここに寝ろよ」

隆は、麻美と一緒にいた佳代にも、声をかけて寝かせようとした。

「私?私は、大丈夫だよ」

普段通りの明るい元気な声で、佳代が隆に返事した。

「佳代ちゃんは、大丈夫よ。私につきあって、一緒にキャビンに来てくれただけだものね」

麻美がベッドから隆に言った。

「なんだ。だったら、佳代は、もう良いから、外で雪たちが苦労しているから、手伝ってやってよ」

「はーい!」

佳代は、元気に敬礼をしてみせて、デッキに戻っていった。

佳代の元気な姿を見ると、自分の具合の悪いのも忘れて、なんだか嬉しくなる麻美だった。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。