この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第219回
斎藤智
ラッコは、横浜マリーナのビジターバース、ポンツーンに横抱きしていた。
先ほど、横浜マリーナの職員に、閉まってある艇庫から出してもらい、大型クレーンで海上に下してもらったのだった。
ほかにも、普段は艇庫の中に保管してある何艇かのヨットが、ラッコと同じように、横浜マリーナの職員に、大型クレーンで下してもらって、ビジターバースのポンツーンに舫われていた。
普段のセイリングだと、大型クレーンで下してもらった後、そのまま乗船して、海に出てしまうのだったが、今日は、ボランティアで障害学校の子どもたちを大勢いっしょに乗せなければならないので、皆いったんポンツーンにヨットを舫って、そこで、子どもたちを乗せるのだった。
「皆さん、お弁当を配りますので、本日の乗員数を教えてください」
横浜マリーナの職員が、お弁当の入った台車を押して、各艇を周って、皆のお昼のお弁当を配っていた。
ヨットの人たちは、ボランティアで障害学校の子どもたちを、自分たちのヨットに乗せてあげる代わりに、その日のお昼は、横浜マリーナからお弁当を支給してもらえるのだった。
「うち、何人だっけ?」
隆は、横浜マリーナの職員から乗員の人数を聞かれて、人数を確認していた。
「隆さんでしょ、麻美ちゃん、洋子、佳代、香織に、あと私」
ルリ子が隆に答えた。
「6人か」
「6個ですね」
横浜マリーナの職員は、台車からお弁当を6個取り出して、お弁当と一緒に6個の缶ジュースをラッコに手渡した。
「そうか、うちって普段は7人なんだな」
隆は、改めてラッコの人数を再確認した。
「そうだね。今日は、雪ちゃんが仕事でお休みだからね」
洋子が言った。
「私さ、ちょっと2階のクラブハウスに行って、子どもたちの様子を見てくるね」
キャビンの中から、自分のハンドバッグを手に出てきた麻美が、隆に言った。
「別に、クラブハウスまで見に行かなくても、子どもたちの方から説明会終わったら、こっちに乗りに来るよ」
隆は、麻美に言った。
「そうなんだけど」
麻美は、そんなこと隆に言われなくても知っているって感じで答えた。
「でも、あけみちゃんがね、言ってたんだけど。子どもたちがクラブハウスで説明受けているところ、見学したければ、見学をしても良いんですって」
麻美は、言った。
ポンツーンの上のところで、麻美と一緒にクラブハウスに子どもたちを見に行こうと、あけみが待っていた。
「子どもたちが授業を受けているところ、可愛いだろうから見るの楽しそうでしょ」
麻美は言って、佳代と一緒にラッコを降りた。
「私も行きたい」
ルリ子が、麻美に言った。
「うん。ルリちゃんも一緒にお出で」
麻美が、ルリ子のことも誘って、ルリ子も船から降りた。
三人は、ポンツーンを上っていき、そこで待っていたあけみと合流して、クラブハウスに行ってしまった。
「物好きだね、自分の子でもないのに、授業参観だってよ」
隆は、船に残っていた洋子と香織に言った。
「麻美ちゃん、自分の子どもが、まだいないから、人の子どもでも見に行きたいんじゃないの」
香織が、隆に言った。
「早く、麻美ちゃんも自分の子どもできると良いのにね」
洋子も、隆に言った。
「そうだね」
隆も、他人事のように返事していた。
授業参観
麻美たちは、横浜マリーナのクラブハウス2階にある講習室に入った。
横浜マリーナの講習室は、著名なヨットマンを招いたり、海上保安庁の指導員を招いたりして、横浜マリーナの会員のためにボート、ヨットの安全講習などを月一ぐらいで開講するときに使用している部屋だ。
世界一周したヨットマンの体験談や海上保安庁による救命講習などは、マリーナの講習として、よくわかるのだが、その他にも、浅瀬での上手な貝の採り方や、地引網の引き方、花火のきれいな打ち上げ方などユニークな講習会も、たまに開催されていた。
貝の採り方などは、横浜マリーナの会員の子どもたちに毎回大好評で、当日は会員のお母さん、子ども連れでクラブハウスは、とても賑わっていた。
「うわ、すごい子どもの数」
麻美たちは、クラブハウスの講習室に入ると、部屋にいた子どもの数に驚いていた。
中央の席に腰かけているのが、障害学校の生徒である子どもたちで、その先頭にいるのが付き添いの学校の先生たちだった。
障害学校といっても、最近は障害のある子たちだけでなく、障害は無いのだけれども、親が片親の子だとかも在学しているようだ。
先生たちに混ざって、横浜マリーナの今回のイベント担当の職員と理事長、会長も揃っていた。
部屋の後ろには、子どもたちの両親や麻美たち横浜マリーナの会員が、子どもたちの様子を見学していた。
「かわいいね」
「本当に皆、大騒ぎで元気だね」
あけみと麻美は、子どもたちを見た感想を話していた。
「ああ、うちの娘が大きくなって、小学校に上がったら、こんな風にして、ヨットに乗せたいな」
あけみは、言った。
「本当そうよね」
麻美も、あけみの言葉を聞いて、共感した。
「うちなんか、隆がヨットの技術はベテランなんだろうけど、でも、うちの子には隆にヨットを教えてもらうよりも、こういう教室で、お友だちと大勢でワイワイ楽しみながら、ヨット覚えてもらいたいな」
「うん、わかる。わかる」
あけみも、麻美の言葉に共感していた。
「うちの娘にも、子どものヨット教室とかあったら通わせたいわ」
あけみは、まだ生まれたばかりの娘のことを思い浮かべて、想像していた。
「うちも」
麻美は、あけみに話した。
「まあ、うちの場合は、その前にまず子どもを授からないとだけどね」
麻美がつけ加えた。
「麻美ちゃん、麻美ちゃん、呼んでいるよ」
ルリ子が、麻美に言った。
「え」
麻美が、ルリ子の方を見ると、一番後ろの席に座っている女の子と男の子が、麻美のほうを見ていた。
「どうしたの?」
「お姉さんのこと、きれいだねって隆君が言ってたよ」
女の子のほうが、麻美に言った。
「隆君?」
「うん。隆君っていうの」
女の子は、自分の隣りに座っている男の子のことを指さして言った。
「隆君がね、お姉さんのことチョー美人だって!」
「あら、私、チョー!美人なの・・嬉しいわ」
麻美は、嬉しそうに〝隆君〟のほうを見て、笑顔で話しかけた。
男の子は、麻美に話しかけられて、なんだか照れくさそうにしていた。
「隆君で、あなたはなんていうの?」
麻美は、今度は女の子のほうに聞いた。
「あのね・・」
「て、て、照美!」
女の子が答えようとすると、その前に隆君が元気に答えた。
「そうか、照美ちゃんに、隆君か」
麻美は、嬉しそうに二人の頭を撫でた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。