この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第139回
斎藤智
ラッコは、後方を走っているはずのマリオネットを探して、猿島沖をUターンして進んでいた。
ルリ子が、ラッコのパイロットハウスに付いているGPSを操作して、マリオネットの現在位置を入力する。
GPSの画面を確認しながら、その辺りにいるはずのマリオネットの姿を海上に探していた。
海上を探すのは、視力2.0の佳代が担当していた。
「よく見えないよ」
佳代は、麻美に言った。
佳代の視力は2.0かもしれないが、背が低いので、荒天で波が高いと、佳代の身長では波の上のほうがよく視野に入らないのだ。
そんな佳代のことを、抱き上げてあげる麻美だった。
隆たちは、荒れた海で木の葉のように揺れているマリオネットの姿を見つけた。
「このまま、ジブを閉まってから接岸しよう」
隆は、ステアリングを回しながら、皆に言った。
洋子が、ジブのファーラーロープを引いて、ラッコの開いていたジブセイルをファーラーの中に閉まった。
ルリ子が、ジブシートをウインチから少しずつ出して、洋子がジブを仕舞いやすく手伝っている。
ラッコのジブファーラーは、ファーラーロープが輪っか状になっていて、船首のジブファーラーと船尾のコクピットの間をぐるぐるとエンドレスで回るようになっている。
多くのジブファーラーのロープは、エンドレスの輪っか状ではないので、ジブセイルを開くときにファーラーロープを全部出して、ジブセイルを閉じる時にファーラーロープを引っ張ってジブセイルを仕舞う。
ラッコのジブファーラーの場合は、ファーラーロープがエンドレスでぐるぐる回っているので、ジブセイルを出すときも、仕舞うときも、常にロープを引くだけで操作できてしまう。
このファーラーシステムの利点は、ファーラーロープがファーラーに巻きついて動かなくなってしまうなど絡むことが全くない。
隆は、クルーでヨットに乗っていた頃に、このエンドレス状のファーラーロープが使いやすいことを知っていた。
それ以来、いつか自分のヨットを買ったときには、そのヨットのジブファーラーは、エンドレスのファーラーロープにするぞと思っていた。
そして、ラッコを建造するときに、造船所の人にわざわざエンドレスのファーラーロープにしてくれと頼んで、備え付けたのだった。
ラッコを建造したナウティキャットの造船所は、ヨーロッパのフィンランドにある。
フィンランド語のよくわからない隆は、しゃべり慣れない英語と身ぶりでエンドレスのファーラーロープのことを伝えるのに苦労したことを思い出していた。
「ジブセイル仕舞い終わりました」
洋子が言ったので、隆は、ゆっくりとマリオネットに接近した。
「マリオネットに接岸するけど、海が荒れているから、何かあったときには、いつでも船を離せるように、手で押さえておいて」
隆は、船首の雪に指示した。
マリオネットのメインセイルが開いたままで、風にバタバタと揺れている。
「馬渕さん、メインシートをもっと目いっぱい引きこんでください!」
隆は、ラッコのコクピット上から、マリオネットにいる馬渕さんに向かって叫んだ。
馬渕さんが、メインシートを目いっぱい引きこんだ。
バタバタしていたマリオネットのメインセイルが、しっかり張られてマリオネットの船体は風を受けてヒールし始めた。
隆は、ステアリングを回して、接岸しているマリオネットの船体と一緒に、ラッコの船体を回転させた。
両船は、風に向かって正面の方向に向いた。
船体が風の正面に向くと、今まで風を受けていたセイルが風を受けなくなって、ヒールもしなくなった。
「今のうちに早くメインセイルを下ろして!」
洋子は、隆からの指示で、佳代と一緒にマリオネットに乗り移ると、メインセイルのハリヤードを外して、マリオネットのメインセイルを下ろした。
たしか中野さんは、無線でメインセイルが下ろせなくなったから助けてくれと言っていたはずだ。
洋子たちが、ハリヤードを操作したら、何の問題もなくするするとメインセイルは下りてきた。
「普通にメインセイル下ろせるじゃん」
隆はつぶやいた。
「セイルがバタバタしていて、ぜんぜん下ろせなかったんだよ」
「船体を、しっかり風に向けていなかったから、下ろせなかったんじゃないのですか」
隆は、中野さんに説明した。
結局、何の問題もなく、マリオネットのメインセイルは下ろせて、ラッコは接岸していたマリオネットから離れた。
その後は、両艇とも機帆走で荒天の中、横浜マリーナのある横浜港内を目指して進んでいった。
両船は、横浜マリーナに無事に帰還した。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。