この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第218回
斎藤智
きょうは土曜日の朝だった。
「出かけるよ!」
麻美は、後から起きてきた隆に元気に声をかけた。
「まだ、朝ごはんも食べていないんだけど」
眠そうな目をこすりながら、隆は麻美に答えた。
「私、もう食べちゃった」
麻美は、ヨットに行くときの自分のバッグを持ちながら言った。
「早いな、元気あるな」
隆が、ふと食卓のテーブルの上を見ると、麻美の席のテーブルだけきれいになっていた。
もう本当に食べ終わってしまったようだった。
よく見ると、隆の席のテーブルも空だ。
「あれ、俺の朝ごはんもない」
「食べるの?食べるんだったら、作るけど」
麻美は、バッグを降ろしながら答えた。
「隆、起きるの遅かったから、途中どっかで食べるもの買っていこうかと思ってた」
「まあ、別にそれでも良いけど」
隆は言った。
「最近、マクドナルドの朝食食べていないから、食べたかったし」
「マクドナルドが食べたいんだ」
「いや、そういうわけじゃないけど」
隆と麻美がダイニングで話していた。
「隆さん、別にマクドナルドなんかの朝食食べる必要ないわよ。ああいうところのは、添加物たっぷりであまり体に良くないんだから」
麻美のお母さんが、二人の会話に割って入ってきた。
「麻美が、朝ごはん作らなくても、お母さんが隆さんの分の朝ごはんは作るから」
「うわ、嬉しいな!お母さんのお料理美味しいから」
隆は、お母さんに返事した。
「え、別に、お母さんが朝ごはん作らなくても、私が作るから大丈夫よ」
麻美は、持っていたバッグを床に置き、お母さんに対抗意識を燃やしていた。
「大丈夫よ。お母さんが作るから」
お母さんは、もう既に、キッチンでフライパンを片手に目玉焼きとベーコンを焼き始めていた。
「美味しそうなにおい」
隆は、自分の席に座りながら、鼻をヒクヒクさせていた。
「私、作るって」
麻美は、お母さんの横に行った。
「それじゃ、あんたは、そこのトーストを焼いて」
麻美は、お母さんの焼いているフライパンを引き継ぎたかったが、仕方なく食パンを手に取ると、オーブントースターで焼いていた。
「あと冷蔵庫からヨーグルトを出して、フルーツを入れてあげてちょうだい」
お母さんは、麻美に追加のレシピの指示を出していた。
自分は、焼き上がった目玉焼きをお皿に移すと、隆のところに出してから、目の前の自分の席に座り、隆の食べるところを眺めていた。
「きょうは日曜でなく、土曜なのにヨットに行くの?」
「ええ、毎年、横浜マリーナでは、障害者学校の子どもたちにヨットを体験させてあげているんです。それで会員は、そのお手伝いに参加するんです」
「へえ、それは偉いわね」
お母さんは、隆の話を嬉しそうに聞いている。
「お母さん、ずるい。一人だけ隆とおしゃべりしていて」
麻美が、出来上がったトーストとヨーグルトを持ってダイニングに入ってきた。
「良いんじゃない。あんたは、いつも会社で一緒なんだから」
お母さんは、麻美に言った。
「会社は仕事だからね」
麻美は、お母さんに言われて苦笑していた。
ボランティア
「あれ、今日は雪ちゃんいないの?」
朝、横浜マリーナに集まってきたラッコのメンバー皆の顔を確認して、ルリ子が言った。
「雪ちゃんはね、土曜日は会社なの」
麻美がルリ子に答えた。
「そうか、今日は日曜でなくて、土曜日だものね」
「雪ちゃんだったら、ヨットのためなら休日出勤はぜったい断りそうなのにね」
「土曜は、休日出勤じゃないのよ」
洋子に言われて、麻美が説明した。
「土日がお休みじゃなくて、日曜しかお休みじゃない会社って、まだ結構あるよね」
香織が言った。
「そうなんだ。私、なんか土日って、会社はお休みだとばかり思ってた」
香織に言われて、洋子が驚いた。
「さすが、洋子ちゃんはお嬢様だから。土曜っていえば、しっかりお休み意識なのね」
ルリ子が言うと、
「お嬢様じゃないよ」
洋子は、照れていた。
「雪ちゃんの会社も、毎週働いているってわけではないみたいよ。週によっては、お休みの土曜日もあるんですって」
麻美が言った。
「そうなんだ、隔週で土曜がお休みってあるよね」
「雪ちゃんの会社は、土曜休みって第一、第三土曜とかなの?」
「あ、私も、さすがにそこまでは知らない」
麻美は答えた。
「さあ、出航の準備をしようか」
隆が言って、皆はラッコの閉まってある艇庫の中に移動した。
「おはようございます」
途中、マリーナ敷地内の掃き掃除をしていた横浜マリーナの職員と出会った。
「今日は、ラッコさんも、子どもたちのヨット体験教室に参加してくださるんですか?」
「ええ、そのつもりです」
「それは、よろしくお願いします」
隆が答えると、横浜マリーナ職員は、嬉しそうに答えていた。
横浜マリーナでは毎年、地元貢献のために、横浜で学校運営している障害者学校の生徒さんたちを、横浜マリーナに招待して、会員さんたちのヨットに乗せて、子どもたちにヨット体験をさせてあげていた。
「今日は、出航する会員さんのヨットが少ないので、33フィートあるラッコさんのヨットには、たくさん生徒さん乗せてもらえれたら助かります」
「そうなんですか、かまいませんよ」
隆は、横浜マリーナ職員に答えると、職員と別れて艇庫に移動した。
「今日は、出るヨット少ないんだ」
「そういえば、いつも出ているヨットの乗員も、今日は来ていないヨット多いかもね」
ルリ子たちが話していた。
「ヨットの人たちも、やっぱり土曜日は仕事の人が多いのよ、きっと」
麻美が答えた。
「確かに。ヨットのオーナーさん、自営業とか自分で会社経営している人たちのほうが多いものね」
隆も、答えた。
「ボランティア、日曜にやれば良いのに。そしたら、もっと参加するヨットも多くなるんじゃないかしら」
「でも、子どもたちは学校の集まり、イベントだから、日曜じゃダメなんじゃないの。土曜なら、学校イベントで開催できるとか」
「そうか、そうかもね」
ラッコの皆は、ヨットの出航の準備を始めた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。