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サンフランシスコヨットクラブ

サンフランシスコヨットクラブ

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第131回

斎藤智

隆は、久しぶりに麻美の部屋に入った。

「学生のとき以来だけど、麻美の部屋ってぜんぜん変わっていないじゃない」

「そうでしょう。学生のときからずっと同じ家具ばかりだもの」

隆は、鏡台の前の椅子に腰かけた。

「お嬢様なんだから、どんどん新しい家具買いかえればいいのに…」

「お嬢様じゃないよ。お嬢様じゃないから、お金無くて、ずっと同じ家具なのよ」

麻美が言った。

「鏡台もだけど、こっちの勉強机なんて、中学のときからずっと同じ机だよ」

白い勉強机の椅子に腰かけながら、麻美が答えた。

「それでも中学からなんだ。俺なんて、家の勉強机は、小学校からずっと一緒だよ」

「ああ、私の小学校のときに机は、卒業のときに弟に取られちゃった」

麻美が笑って言った。

「その机を、弟も未だに使っているよ」

麻美は、立ち上がった。

「さあ、お父さんが待っているから、下に戻ろう」

二人は、部屋を出て、一階のリビングルームに戻った。

「隆君。今日はすまなかったね。うちの親類の新年会につきあわせちゃって…」

「いいえ。久しぶりに皆さんに会えて楽しかったですよ」

麻美は、キッチンにいる母のところに行って、夕食の準備を手伝い始めた。

「晃、お行儀悪いよ」

弟の晃は、冷蔵庫から出したミルクをがぶ飲みしていて、姉の麻美に叱られていた。

「これがサンフランシスコヨットクラブの入会書なんだよ」

「いいですね」

隆は、麻美の父親の前のソファに腰掛けながら、父親から差し出されたサンフランシスコヨットクラブの入会申込書の表紙にあるヨットクラブの写真を眺めながら答えた。

サンフランシスコの支社によく出張している麻美の父が、隆がサンフランシスコに遊びに来たときに、一緒にヨットに乗ろうと、隆のことをサンフランシスコヨットクラブの会員に誘ってくれたのだった。

英語が苦手な隆は、リビングに来た麻美に、入会申込書の内容を訳してもらいながら記入していた。

「隆は、サンフランシスコヨットクラブよりも、モントレーヨットクラブのほうが良いじゃないの?」

記入し終わった申込書の内容を確認しながら、麻美が言った。

「そんなことないよ。サンフランシスコヨットクラブのほうが、ずっと入会も難しくて、ステータスだってあるよ」

隆が答えた。

「だって、隆、昔に行ったとき、モントレーのヨットハーバーで、シーライオンと一緒にセイリングしたいって話していたじゃない」

麻美が笑顔で言った。

隆は、麻美から久しぶりにその話を聞いて、そういえばそうだったなと、モントレーの街のことを思い出していた。

ビスノーの船を見たときは、いつか南の島にヨットで行きたいと思ったが、サンフランシスコの南、モントレーの街へもヨットで行きたいと思う隆だった。

行きたい場所がいっぱいあって大変だ。

寒中クルージング

社長の隆は、夜遅くまで会社のオフィスで残業していた。

「松本商会さん、1300万でOKかな」

隆は、隣りの席の麻美に聞いた。

社長の隆が残業しているので、社長秘書の麻美も残業中だ。

「来週の月曜は、丸ビルで打ち合わせだよな」

「そうね。そのまま、午後は新宿に移動して打ち合わせだから、車で移動したほうがいいね」

「ああ、昼はランチミーティングだろう」

麻美は、手帳の予定メモを確認しながら話している。

「ね、日曜は出かけるんでしょう?」

「日曜?日曜にどっか出張あったっけ?」

隆は、麻美に聞き返した。

「出張じゃないわよ。横浜マリーナのこと、横浜マリーナいつも通り行くでしょう?」

「ああ。なんで、いきなりヨットの…、遊びの話が出てくるんだよ。何の話しているのかわからなかったよ」

「ごめん、ごめん。昨日の夜、洋子ちゃんから電話があって、次の日曜の予定聞かれたものだから」

麻美は答えた。

「行くつもりだよ。今度の日曜は、ヨットでどこに出かけようか?」

麻美は、仕事に戻って、手元の資料を確認していた。

「ねえ、麻美。今度の日曜だけど、久々にベイブリッジのほうに行ってみないか?」

隆が、麻美に聞いた。

「私が先に振ったのも悪いけど…、隆って、仕事の途中でもすぐに、遊びの話題になると、そっちのほうに夢中になるよね」

麻美が、仕事しながら、隆に言った。

「日曜にベイブリッジに行くのは良いと思うけど、その前に今は、この仕事を早く終わらせちゃおうよ」

隆は、麻美に言われて、仕事に戻った。

「今年の冬は、毎週末ヨットに通い続ける感じになるのかな…」

仕事を終えて、帰りの車の中で隆は言った。

「良いんじゃない」

「ああ。俺もヨットが大好きだから、寒さの中でもヨットを出し続けられるのは嬉しいけど、去年の2月とかは、さすがに寒くて、家にこもっていなかったっけ」

「そうね」

「今年は、クルーがいっぱいいるから、冬じゅう出航し続けることになるのかな」

「洋子ちゃんたち皆も、今はヨットに夢中だものね。私のところに、向こうから毎週、今度の日曜の予定は、どうしますか?って電話かかってくるもの」

「そしたら、出さないわけには行かないよな」

隆は、嬉しそうに答えた。

冬になって寒くなってくると、横浜マリーナに船を置いているオーナーさんたちも、ヨット、ボートに乗りに来なくなってしまうか、マリーナに来ても、ずっと船の中で整備しているオーナーさんが増えてくる。

隆も、去年はそんな感じだった。

それが今年の冬は、洋子や雪などクルーがいっぱいいて、彼女たちが出そうと誘ってくれるので、冬の間じゅう、ヨットを出し続けられそうだった。

一般的に、ヨットは、夏のスポーツと思われがちだが、実は、夏場のように風があまり吹かないシーズンよりも、風がよく吹く冬場のほうがセイリングするには、向いている季節なのだった。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。

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