SailorsBLUE セイラーズブルー

セイルアップ

セイルアップ

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第147回

斎藤智

ラッコは、横浜マリーナを出航して、港外に出た。

「そろそろセイルを上げようか」

隆が言って、皆はセイルを上げる準備を始めた。

横浜マリーナを出航したとはいえ、今までは、セイルは全く上がっていずにエンジンをかけて走らせていた。

「これから、セイルを上げて風の力だけで走るからね」

「ヨットらしくなるんですね」

麻美は、初めてヨットに乗る香織に説明していた。

「洋子!自分は、いつも上げていて、セイルの上げ方知っているかもしれないけど、香織ちゃんは今日初めてなのだから、ちゃんと上げ方を教えながら上げなきゃだめじゃん」

コクピットで舵を握っている隆は、マスト付近でセイルを上げる準備している洋子に言った。

「お出で。洋子ちゃんがどうやってセイルを上げるか近くで見学して来よう」

麻美が言って、香織と一緒にマスト付近の洋子のいるところに移動した。

「さて、洋子先輩。どうやってセイルを上げるのか教えてください」

麻美が、香織と並んで、洋子の前に立って笑顔で聞いた。

「ちょっと恥ずかしいな…」

洋子は照れながら、このロープがセイルのどこに付いていて、どういう役割をしているかを、ロープを指さしながら説明し始めた。

「アウトホールってどれかわかる?」

洋子が、先生役に少し照れながら早口で説明しているので、麻美が補足して香織に確認した。

「なんか端っこのほうに付いているロープのことですか?」

洋子に指さして説明してもらったのだが、指の先のロープは、セイルの影になっていてよく見えなかったので、香織はなんとなく曖昧に答えた。

「それじゃ、アウトホールを見に行ってみようか」

麻美は、香織を連れてセイルの付いている支え棒のブームの船尾側に移動した。

ブーム内の後ろからロープが出ていて、そのロープは、ブームの上に置かれているセイルの後端につながっていた。

「これがアウトホールよ」

麻美は、そのロープを手で持って香織に見せた。

「はい、わかりました。このアウトホールはなんのためにくっついているんですか?」

「これは…。セイルの後ろに付いているのよね。このロープが無いと、セイルの後ろ側が風でばたばたしてしまうでしょう。それでブームとセイルをくっつけているのよ」

麻美が、香織の質問に答えた。

「麻美。そんな説明の仕方があるかよ!」

説明を後ろで聞いていた隆が言った。

「え、なんか間違えていた?」

「間違えていたというか…。確かにセイルとブームはつないでいるけど、セイルを上げた後で、セイルは弓なりにカーブしているだろう。そのカーブを深くしたり、浅くしたりするんだよ」

隆が麻美の説明に補足した。

「先週の講義のときに、先生にヨットのセイルは、飛行機の羽のように弓なりにカーブしていて、そのカーブで揚力をおこして、気流に飛行機なんかだと上昇するって教えられなかったか?」

「はい、言ってました」

「そのカーブを、アウトホールを引くことで深くしたり浅くしたりするんだ。風が吹いているときは、深くしたり、逆に風が無いときは、カーブが出来ないから、カーブが出来るようにアウトホールを出してカーブを作ってあげるんだ」

「なるほど」

頭のいい香織は、隆の説明になんとなく理解したようだった。

「香織ちゃん、セイルを上げるから、ここに来てこのロープを引っ張ってみる?」

マスト付近の洋子に呼ばれて、香織は洋子のところに行った。

「指導は洋子に任せて、麻美は後ろのこっちに来ていなよ」

「そうね。また、間違ったことを教えてしまっても大変だものね」

隆に呼ばれて、麻美はコクピットの後ろに戻って来て、そこのベンチに腰かけた。

香織も手伝って、ヨットのセイルが無事に上がって、風に大きく膨らんで広がっていた。

スピンネーカー

セイルが上がった。

大きなセイルに風を受けてヨットは滑るように走りだした。

「エンジンを止めようか」

隆は、キャビンの中のトイレに行っていたルリ子が、パイロットハウスの入り口から戻って来たので言った。

ルリ子は、パイロットハウスのところに付いているエンジンキーをひねってエンジンを停止させた。

「静か…」

香織は、素直に感想を言った。

今まで大きなうなり声を上げていたエンジンが停まって、海上は、波の音だけになって静かになっていた。

「これで今、この船は風だけで走っているんだよ」

洋子が香織に説明した。

「ええ、静かで気持ちいいですね」

洋子は、香織のことを誘って、一緒に隆のところに行くと、舵を握っている隆からステアリングを代わった。

「エンジンで走っているときよりも、気持ちいいのよ」

洋子は、ステアリングを握りながら香織に言った。

「やってみる?」

洋子は、香織の手を取って、実際に舵を握らせて指導していた。

ルリ子と隆は、ヨットの船首に行くとパイロットハウスの前の窓に寄りかかりながら寝転がっていた。

「あれが、気持ちいいのよ」

麻美は、二人が寝転がっているのを指さしながら、香織に言った。

「本当、気持ちよさそうですね♪」

香織も、二人の寝転がっている姿に笑いながら、笑顔で答えた。

香織は、しばらく舵を握ってヨットを走らせていた。

最初は、洋子が一緒に握っていたのだが、今はすっかり慣れて一人で舵を握っていた。

「ね、私たちも前に行って、寝て来ようか?」

「うん」

香織は、洋子に返事した。

「佳代ちゃん、舵をお願い」

洋子は、佳代に舵を手渡すと、香織と一緒に船首に移動した。

「私たちにも寝転がらせてね」

洋子は、寝ている隆に声をかけると、二人が寝転がっているポート側でなくスターボード側のパイロットハウスの窓に、香織と並んで寄りかかった。

「気持ちいい!」

香織は、寄りかかって寝転がると、空を見上げながら叫んだ。

ヨットが波に揺られて、ゆりかごの上で寝ているような気分だった。

周りは、青い海で、ときどきほかのヨットが白い帆を上げて走って行くのが見える。

そんな景色を眺めながら、寝転がっていると眠たくなって本当に寝てしまいそうだった。

「あら、綺麗な色のセイル」

海を眺めていた香織は、白い帆でなくカラフルな色のセイルを上げているヨットを発見した。

「あれはスピンネーカーというセイルなんだよ」

「すごくきれいな色ですね。形もほかのと違って、まるで風船のように丸く膨らんだ形をしている」

「あれを上げるのは、けっこう大変なんだよ」

隆は答えた。

「こっちから眺めている分には、綺麗でいいけどな」

「うちのヨットにもあるんですか?」

香織は質問した。

「あるよ。上げてみたい?」

洋子が香織に聞いた。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。

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