この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第169回
斎藤智
気持ちの良いゴールデンウィークの天気の中、3艇は海の上を並んで帆走していた。
あっきーガールも一緒に同じ方向を走っていた。
3艇だと、やはりドイツ製のあっきーガールがセイリング性能は一番速いようだった。
あっきーガールは、予定では千葉の館山に向はうはずだったのだが、今朝、起きて予定を変更したのだった。
「お父さん、どうしてうちだけ館山に行くの?」
「あけみは、隆さんたちと一緒の三崎に行きたいのか?」
「うん!」
あけみが答えたので、それではと三崎に行くことになったのだった。
「やったー!お父さんがヨットのことで、あたしの言うこと聞いてくれるなんて珍しいじゃん」
「そりゃな。あけみの行きたい希望を聞いてあげなければ、次からお父さんに付き合って、あけみがヨットに来てくれなくなってしまうだろう」
「うん。その通り」
あけみは、お父さんに笑顔で答えていた。
「来週、横浜マリーナのクラブレースの日だよね」
雪は、セイルの調整を終えてマスト付近からコクピットに戻ってきながら、隆に聞いた。
「そうね。また、今年のクラブレースも本部艇をやるんでしょう」
麻美が隆に聞いた。
「暁さんったら、私にまで本部艇だよね。念を押されちゃったものね」
隆は、黙って頷いた。
「今年もラッコは本部艇なんだ」
雪は、少し残念そうに言った。
「なんで?」
「雪ちゃん、昨日のレースに出てから、ヨットレースに夢中でまた出てみたいんだよね」
麻美が雪の言葉を補足した。
「そうか。別にうちのヨットで出ても良いんだけど、このヨットじゃ、ぜったいにビリになると思うよ」
隆は答えた。
「ビリでも良いじゃん」
洋子が言った。
「レースに参加することに意義があるって…」
「なんか、洋子は相田みつをかよ」
「うん」
皆は、デッキの上で大笑いしていた。
「参加してみようか」
隆は言った。
「江の島が見えるね」
ラッコが熱海港を出てしばらく走っていると、左側に江の島が見えてきた。 今日は快晴なので、江の島の奥には富士山まではっきりと見えていた。
前方には三浦半島の突端、本日の目的地の三崎港も見えてきた。
「さて、三崎港は、あの半島の手前の島のどちら側でしょう?」
隆は、皆に質問した。
「右側!」
皆は一斉に答えた。
「正解」
隆は言った後に、言葉を続けた。
「…右でも左でもどちらからでも入港できるけどね。ちょうど目の前の島、城ケ島の向こう側中央に三崎港はあるからね」
「どちら側からでも入れるんだ」
「いつも横浜マリーナから三崎に来るときは、東京湾から出てくるから、右側のほうが近いから右から入港しているだけだよ」
「そうか。それじゃ、慣れているし、いつものように右側から入港しよう」
ラッコの舵を握っていた佳代は、島の右側を目指して方向を取った。
「でもさ、いつも右から入っているから、たまには左から入ってみたくない?」
雪が提案した。
「確かに。左から入ったことがないから、入ってみたいかも」
皆が、雪の提案に賛成した。
「それじゃ、左側から入港してみるか」
隆が言った。
佳代は、ステアリングを左に回して、ラッコの船首を島の左側に向けた。
ラッコの船体が、島の左側に向いたので、あとの2艇の船首も左に針路を取っていた。
3艇とも島の左側から入港することに決めたようだ。というよりも、マリオネットなんかは、ラッコの後に追従しているだけだろうが。
「あれがシーボニアだよ」
隆は、城ケ島の左側に見えるヨットハーバーを指差して、麻美に説明した。
「あれが有名なヨットハーバーのシーボニアなんだ」
麻美は、隆が指差した方向に見えているヨットハーバーを見て答えた。
「昔、シーボニアって、お父さんに弟と連れられて、レストランに食事に行ったことあるな」
麻美は隆に言った。
「麻美の家はセレブだからね。家族で行く食事も一流なんだな」
隆は答えた。
「私も、小さい頃にシーボニアって両親に連れられて、食べに行ったことあるわ。なんか良いレストランの食事も体験しておけとか、お父さんに言われて」
雪が隆に言った。
「雪もセレブだったのか」
「あたし、無いな。そもそも地方出身の田舎者だから」
「あたしも」
香織が言うと、洋子も頷いていた。
「そうだよな。俺たち庶民にはシーボニアなんて高嶺の花さ」
「だよね」
3人は頷き合っていた。
「隆って、庶民なのかな?」
ルリ子が麻美に聞いた。麻美は首を横に振っていた。
「え。いや、うちは麻美の家に比べたら庶民だよ」
「でも、今はお金持ちじゃない」
「だよね、隆はIT会社の社長さんだものね」
洋子が、ルリ子に頷いた。
「IT会社なんて大したことないよ」
隆は、皆に言った。
「あたし、隆の会社で働きたい!」
ルリ子と洋子が言った。
「いいよ。会社でも、いつものヨット感覚で仕事しようか」
隆が2人に答えた。
「本当に?」
「いいよ。っていうか、うちの社長よりも権限のある人事担当に聞いてよ」
隆は、麻美のほうを指さしながら答えた。
ラッコは、佳代の操舵で手前の城ヶ島を交わすと、三崎港へと入港していった。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。