相模湾へ

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第228回

斎藤智

「電話での説明だけなので、よくわからないけど」

ルリ子は、隆に言った。

「どこかエンジンの部品が壊れているみたいで、エンジンが動かないって。エンジンをスタートするときの感じだと、バッテリーも動作していないようで、セルモーターが回らない感じなんだけど・・」

「じゃ、バッテリーが上がったとかじゃないの?」

「わからない。でも、最初に動かないってなったときが、ずっとそれまで横浜マリーナを出航してから、今までエンジンを付けっぱなしで機帆走してたんだって。それで、急にエンジンがヒューンって音がして停まってしまって、それからエンジン音が消えたから、周りがすごく静かになったんだって。それから、もう一回、エンジンを掛けようとしたけど掛からないって」

「それじゃ、バッテリーだけが原因って可能性も無さそうだな」

隆は、ルリ子から聞いて答えた。

「ここにいるの?」

麻美は、ナビの相模湾の真ん中辺りの赤く光っているとこを指さして、佳代に聞いた。

佳代は、麻美に首を縦に振って答えた。

「こんなところで風も無く、エンジンが掛からずに海に浮かんでたら、不安だろうね」

麻美は、ヨットのことはよくわからないが、マリオネットが大海の真ん中でプカリプカリしているところを想像して、中野さんや美幸が不安そうだろうなと心配していた。

隆とルリ子、雪が相談していた。

どうするか結論が出そうもない。

「ここで話していてもしょうがないから、迎えに行ってあげましょうよ」

麻美は、三人に言った。

「麻美はさ、簡単に迎えに行けって言うけど、距離も離れているし、けっこう大変だぞ」

隆は答えた。

「ヨットの機走じゃスピードも出ないしね」

「いくら、ラッコのエンジンはモーターセーラーで普通のヨットよりパワフルなエンジン載せているっていっても、所詮はヨットだものな」

「パワーボートとかがあればな」

「すぐに迎えに行ってあげられるよね」

ルリ子が言った。

「ここからだとシーボニアあるいは三崎マリーンが近いかな?」

隆は、ナビの画面を見ながら答えた。

「そこまで引っ張るの?」

麻美が隆に聞いた。

「え、うちで?いや、三崎マリーンから救助のボート出してもらうとか」

「そんなことしてもらえるんだ?」

「まあ、お金は相当掛かるだろうけどな。それに保険とかいろいろ絡んでくるかも・・」

隆は答えた。

皆は、どう結論していいか、しばらく考え込んでしまった。

「やっぱり迎えに行きましょう」

麻美が、最初に口を開いた。

「そんなに大変なことさせないでも、私たちが、横浜マリーナの同じヨットが、ここにいるんだから、私たちが行って助けてあげれば良いじゃない!多少遠くても仕方ないわよ」

麻美が言った。

「だから、麻美は簡単に言うけど、いったん相模湾に向かったら、ラッコの夏のクルージングの予定だって、これ全部狂ってくるぞ。相模湾行って、三崎辺りに引っ張ってたとして、その後、島までラッコも行けなくなるかもしれない」

隆は答えた。

「香織ちゃんも皆だって、伊豆七島の島を楽しみに来てるだろ」

「いいよ、島に行けなくても。迎えに行ってあげましょう」

香織にステアリングを代わってもらって、キャビンの中に入ってきた洋子が答えた。

「え?」

雪が振り向いて、洋子のほうを見た。

「だって、このまま仲間のマリオネットを見捨てて、島まで行っても、なんか楽しくないよ」

洋子が言った。

「それより、島に行けなくなっても、助けに行って、それから三崎でも近場でもどこでも行って、クルージング続けるほうが良いんじゃない?」

「そうでしょう、洋子ちゃん!私もそれが言いたかったのよ」

麻美が、洋子に賛成した。

「ね、隆。迎えに行ってあげましょう」

麻美が、再度、隆に聞いた。

「いや、皆がそれでも良いなら、俺はいいよ」

皆は、黙って隆に頷いた。

「よし、決まり!私、中野さんに迎えに行くって電話するよ」

麻美が言った。

「麻美ちゃん、マリオネットに連絡するなら、私が無線でするよ」

ルリ子が言った。

「香織、予定変更!こっちに船を向けて」

隆は、パイロットハウス天井から顔を出すと、ステアリングを握っている香織に、相模湾のほうを指さしながら指示を出した。

大海のマリオネット探し

「予定変更なんだ」

外でステアリングを握っていて、パイロットハウスの会話を聞いていない香織が隆に言った。

「うん、せっかくの香織にとっての初めての伊豆七島、島だったのにな」

隆は、香織にすまなそうに言った。

「ううん。島は、またそのうちに行けるでしょう?」

「ああ」

隆は、香織に答えた。

「またすぐに行けるわよ!うちのラッコに乗っている限りは」

麻美が言った。

「そうだよね!私ずっとラッコに乗り続けるつもりだし」

香織は、麻美に言われて笑顔で答えた。

香織は、大島の突端を交わして、マリオネットのいる辺りを目指して、必死でステアリングを、舵を取っていた。

「こんな広い海のど真ん中で、うまくマリオネットと会えるのかな?」

香織は、ステアリングを握りながら、ふと疑問を質問にして隆に聞いた。

「それは大丈夫!向こうでルリがちゃんとナビで確認しているから」

隆は、パイロットハウスの天井から顔を出しているルリ子を見ながら答えた。

「あ、そうか。ルリちゃんがマリオネットの位置とかも知っているんだ」

「うん。ベテランのナビゲーターだからね」

隆は、香織に笑顔で答えた。

ルリ子は、自分のことを話題にされている気がして、後ろを振り返った。

「な、ベテランナビゲーターさん」

隆は、振り向いたルリ子に言った。

ルリ子は苦笑していた。

「マリオネットさんが見つかる前に、お昼ごはんにしちゃおうか」

麻美が言うと、隆は頷いた。

「佳代ちゃん、手伝って」

麻美は、佳代を連れて、キャビンの中に入った。

二人は、パイロットハウス前面のキッチンに立った。

「お昼ごはん?私も作るの手伝うよ」

ルリ子は、パイロットハウスに座りながら、キッチンでお鍋とかを出す麻美の姿が見えて、麻美に言った。

「大丈夫よ、ベテランナビゲーターさんは、マリオネットのチェックしていて」

麻美は、ルリ子に言った。

「ベテランナビゲーターさんって、隆さんが言いだしたんでしょ?」

「うん、そうよ」

二人は、そう言って笑いあった。

今日のお昼は、そうめんだ。

「食べるのここでいいよね」

麻美は、パイロットハウスのサロンのテーブルにそうめんを出しながら言った。

「ルリちゃんも、ナビを見ながら食べられるだろうし」

テーブルの上に、そうめん以外のサラダやなにかも並べていく。

並べ終わると、

「ごはんだよ」

麻美が言って、それをパイロットハウスから顔を出しているルリ子が、デッキに出ている皆に伝言して、皆はパイロットハウスの中に集まってきた。

「そうめんか」

隆は、テーブルの上の料理を見て言った。

「さっぱりしたのが良かったから、ちょうど良かったね」

洋子は、さっき話しているときに、隆が、あんまりこってりしたものよりも、さっぱりしたものが食べたいと言っていたのを思い出して、隆に言った。

「ああ」

隆は、席に着きながら言った。

「食べ終わったら、眠くなりそうだな」

隆は、食べながら言った。

「食べ終わったら、お昼寝してもいいよ。マリオネットが見つかったら起こしてあげるから」

麻美は、隆に言った。

「別に起こしてくれなくても、ルリちゃんがいたら大丈夫じゃないの」

隆は、麻美に答えた。

「また、すぐにさぼろうとするんだから」

麻美は、隆を見て苦笑した。食事していた皆は大笑いになった。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。