この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第81回
斎藤智
洋子たちラッコのクルーは、キャビンでお昼の食事をしていた。
食事を終えて、女子会のおしゃべりも一段落したので、皆は、船を降りて、食後の運動を兼ねて、マリーナ内をぶらぶら散策していた。
「こんにちは」
ルリ子は、すれ違ったマリーナのスタッフに挨拶をした。
陽気で、誰とでもすぐに仲良しになってしまうルリ子は、マリーナのスタッフとも、すっかり顔見知りになってしまっていた。
そのスタッフは、普段、艇庫の中に保管してある32フィートのパワーボートを表に出して、エンジン部分の塗装を塗りなおしていた。
「ラッコさんは、まだ新しいから、塗り直す必要ないでしょう」
マリーナのスタッフは、ルリ子に言った。
「うん。うちのは、エンジンのところ、まだまだ綺麗。だいたい、どのぐらいで、そうやって塗り直すようになるの?」
「そうだね。オーナーにもよるけど、だいたい一年ぐらい置きで、少しずつ塗り直すようにしてあげると、船が長持ちするようになるよ」
「そうか。じゃ、うちも来年ぐらいに、塗ってもらうのかな」
ルリ子が、スタッフに言うと
「うん。パワーボートのオーナーさんは、うちらマリーナのスタッフに頼まれる方が多いけど、ヨットのオーナーさんの場合は、自分たちで塗る人が多いかな」
「そうなの?ラッコは、どうするんだろう」
「隆さんも、クルー皆と自分たちで塗るんじゃないかな。隆さんが、クルー時代に、マリオネットに乗っていた頃も、よくマリーナの作業船台に乗せて、自分たちで塗っていたよ」
「ええ、隆さんって、マリオネットに乗っていたんですか?」
「ああ、そうだよ。マリオネットで出かけて帰ってきた後、よく他の当時のマリオネットのクルーたちとマリーナ内をはしゃいでいたよ」
「そうなんだ」
ルリ子は、スタッフから隆のクルー時代の話を聞いてしまった。
「ルリちゃん、行くよ」
ルリ子は、いつの間にかポンツーンのほうに移動していた洋子に呼ばれた。ポンツーンに行くと、皆は、海に浮かんでいるクラゲを眺めていた。
「お、ルリ子!元気しているか?」
船台の上に乗っているヨット・ポセイドンのデッキ上から顔を出して、見下ろしていたオーナーの田村さんに、上から声をかけられた。
「あ、こんにちは。お久しぶりです」
ルリ子は、上を見上げて、田村さんに返事をした。
「そうだね。本当、久しぶりにヨットに来たよ。ルリ子は、ヨットはよく来ているのか?」
「私?私は、ヨット教室で初めて来て以来、毎週日曜は必ずここに来ていますよ」
「そうか、すごいな。皆勤賞か」
田村は、ルリ子に言うと、キャビンの中に入ってしまった。
「ルリちゃん、すごいね。マリーナじゅうの皆に声かけられるじゃない」
洋子が、ルリ子に言った。
落第点
横浜マリーナのポンツーンに船が入って来た。
ルリ子や洋子が、ポンツーンの隅で、クラゲをバケツですくったりして遊んでいると、セイリングに出ていたヨットが戻って来た。
戻って来たヨットは、望月さんの暁だった。
暁は、36フィートのレース艇だ。
いつも、たくさんの若い男性クルーを乗せて、海に出ては、ヨットレースの練習をしている。
「おーい!舫いを取ってくれ」
コクピットでティラーを握って、舵を取っている望月さんが、ポンツーンでヒマそうにしていたルリ子たちに声をかけてきた。
ルリ子は、クラゲの入ったバケツを佳代と抱えていたので、洋子がポンツーンに走って行った。
入港してきた暁の船首にいたクルーが、手に持っている舫いロープを、洋子に向かって投げた。
洋子は、そのロープを受け取ると、ポンツーンのはじに付いているクリートに結んだ。
洋子の後ろから走って来た雪に、暁の船尾にいたクルーが、後ろ側の舫いロープを投げて渡した。雪も、舫いロープを受け取ると、後ろ側のクリートにロープを引っかけて、手に持っていた。
「早く舫いロープを結んでくれ」
雪は、コクピットにいる望月さんに言われたが、うまくもやい結びが出来ずにいた。
もやい結びが出来ません、
って望月さんに返事するのが恥ずかしかった雪は、しばらくロープを握ったまま、おろおろしていた。
「ルリちゃん、結んで!」
もやい結びが出来ずにあきらめた雪は、後からやって来たルリ子に、受け取った舫いロープを渡した。
雪から舫いロープを受け取ったルリ子は、いったんクリートにロープを一回り結び付けると、もやい結びを結ぼうとした。
が、
ルリ子も、まだもやい結びの結び方を完璧に出来るようには、なっていなかった。
「もやい結びって、どうやるんだっけ?」
陽気な性格のルリ子は、明るい笑顔で微笑みながら、暁の男性クルーに聞いた。
暁の若い男性クルーは、ルリ子から舫いロープを受け取ると、もやい結びを実演してみせながら、ルリ子に一所懸命教えてくれた。
「え、こっちを通してから、ここに入れるの?」
ルリ子は、暁の若い男性クルーに、手取り足とりで、もやいの結び方を教えてもらった。
「まだ、舫いも結べないのか?これは、隆君に言って、ヨット教室の卒業はさせられないな」
ルリ子は、望月さんに言われてしまっていた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。