この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第96回
斎藤智
レースを終えて、マリオネットは、横浜マリーナに戻って来た。
「今日のレースは、速かったじゃないの」
横浜マリーナに戻ると、中野さんは、マリーナ内で出会う人皆に褒められていた。
いつもレースでは、殆ど最下位に近いところでゴールしているので、今日のレースの躍進は、よほど目立ったようだった。
佳代と隆は、マリーナスタッフに上架してもらったマリオネットの艇体の上で、坂井さんや松尾さんにセイルのしまい方のレクチャーをしていた。
セイルは、なるだけシワにならないように、折り目が付かないように、ふわっと優しく畳むようにと教えていた。
「セイルは、女性のことを撫でるように優しく取り扱うように…」
隆は、なんとなく下品な気がして、あまり言いたくなく、例えに使ったことがないのだが、ヨット歴の長いベテランのヨットオーナーのおじさんたちの間では、初めてヨットに乗ったクルーなどに、セイルの畳み方を教える際には、よく例えとして使われるようだ。
「片付け、終わった?」
隆たち、本日のマリオネットの乗員がヨットの片づけを終わった頃に、ルリ子がマリオネットにかかっている脚立を登ってきて声をかけた。
「ああ、終わったよ」
「そう、良かった。お昼の食事の用意ができたから、皆を呼びに来たの」
ルリ子が言って、皆は、マリオネットを降りて、ラッコのキャビンの中に行った。
途中、暁のオーナーの望月さんと出会ったので、望月さんにも、お昼ごはんを一緒にどうかとラッコのキャビンに誘った。
ラッコのキャビン内に入ると、お昼ごはんの美味しい匂いが、キャビンの中に漂っていた。
「お昼、できたか?」
隆が、エプロン姿の麻美に声をかけた。
「出来たから、早くちゃんと手を洗ってきて、席に座りなさい」
麻美が返事した。
隆たちマリオネットに乗って、レースに参加していた皆が、トイレのシンクで手を洗って来て食事が始まった。
今日のお昼は、パスタとサラダだった。
「順位、どうだった?」
望月さんが、中野さん、隆に聞いた。
「さあ、上位には入れたと思うのですが、結果は何位なのでしょうね」
隆が答えた。
ルリ子が、今日のレースの結果を記録している用紙を持ってきて、隆に渡した。
ルリ子から受け取った隆は、チラッとレース結果を見てすぐに、望月さんに手渡した。
「どれどれ…」
望月さんは、用紙を見ながら、各艇のレース結果を計算し始めた。
レースの計算方法
望月さんは、レース結果が書かれた紙を見ながら、複雑な計算をしていた。
「なんだか、計算が複雑そうね」
望月さんが、ラッコに持ってきてくれた差し入れの焼き肉を、網を出して焼きながら、麻美が言った。
ヨットレースは、20フィート前後の小さなヨットから30フィート、40フィートの大きなヨットまで、いろいろな大きさのヨットが参加している。
小さなヨットよりは、当然大きなヨットのほうが、速く走れる。
と思っていると、小さなヨットでも、やたらと背の高いマストを付けていて、そこに大きなセイルを張っていたりするヨットもあったりする。
普通に、一斉にスタートしてからゴールするまでを競うだけでは、サイズの大きなヨットやセイルの大きなヨットばかりが、いつもレースで勝ってしまうことになってしまう。
それでは、不公平なので、スタートしてからゴールするまでの到着時間を計って、そこに、さらに各ヨットの全長やセイル面積の大きさなどを計測して、それらを統合して、どのヨットが優勝するのかを決める。
だから、ゴールが一番先にしていても、計算の結果、2位になってしまったりする場合もある。
スピードの速いヨットは、自分のヨットの全長やセイル面積などまで全て計算して、さらに2位以下のヨットに差をつけてゴールしなければ優勝できなくなってしまうのだ。
この全長やセイル面積などによって、各ヨットに付けられたハンディキャップのことを、ヨットレースではレーティングと呼んでいる。
レーティングは、レースが始まる前に、レース本部より各参加艇に発表されるので、レース参加者たちは、そのレーティングの高さ、低さによって、今回のレースは、ハンディキャップが高くなってしまった、低くてラッキー、と喜んだりしているのだ。
本格的なヨットレースでは、このレーティングの決め方は、ふつうに参加艇の全長やセイル面積などを分析して出しているのだが、横浜マリーナのクラブレースでは、レース艇、クルージング艇などマリーナ保管艇の皆が、クラブレースを楽しめるように、去年までの通算成績やレースの参加頻度、乗員のセイリング技術なども加味して、勝手にレーティングを決めているのだった。
そうしないと、いつも暁などの速いレース艇ばかりが優勝してしまい、マリオネットのようなモーターセーラーなど足の遅いヨットは、いくらレースに参加しても優勝どころか上位にも入れなくなってしまうのだ。
クラブレースなので、横浜マリーナにヨットを保管している全てのヨットが、平等にレースを楽しめるようにしようと配慮しているのだった。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。