この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第32回
斎藤智
そろそろ、レースのスタート10分前になる。
「洋子。持っている旗を10分前になったら高く上げるんだぞ」
隆は洋子に言った。
「この旗、棒の上下両方に違う旗が付いていて、扱いづらいだろう」
隆は、船内から船を着岸するときに、船を岸に引き寄せるために使うボートフックを持って出てきた。
「片方の旗を、こっちに結べば、10分前のときにそっちの旗を上げて、5分前になったらこっちの旗を上げればいいだろう」
洋子に説明した。
「え、違うんじゃない。両方とも、このままこっちの棒の両サイドに付けておいて、10分前になったらこっち側を上げて、5分前になったらひっくり返して反対側を上げるんじゃないの」
洋子が隆に言った。
「そうなのかな…」
洋子の話になるほどと思いながらも、せっかく船内からボートフックをわざわざ出してきたので、片方の旗を付け直したそうな隆だった。そのことを洋子は察していた。
「旗の一個は、そっちに付け直しますか?」
「うん」
隆は頷いて、洋子が下側の旗を取り外そうとした。
「違うわよ!洋子ちゃんの言う通りでいいのよ。旗は、それぞれ棒の両サイドに付けておいて、時間によって棒をひっくり返すのよ」
麻美が二人に注意した。
「洋子ちゃんも、別に隆が船長だからって、隆の言うことをなんでも聞かなくたっていいのよ。隆だって間違っていることは、いっぱいあるんだから」
麻美が、洋子に言った。
「はーい」
隆は、旗をボートフックに付け換えるのをあきらめて、ボートフックを船内に戻しに行った。
ピー!
「スタートです!」
スタートの時間になったので、ルリ子は思い切り笛を吹いた。
ルリ子の笛の音を聞いて、それまでスタートラインの周りをうろうろと走っていたレース艇たちが、一斉にスタートしていった。
今回のレースは、追っ手スタートだった。
船の後ろから吹いてくる風でヨットが走ることを追っ手といった。追っ手の風のときは、スピンネーカーというカラフルな色の風船のような形をしたセイルを上げてヨットは走っていく。
色とりどりのセイルで走っていくヨットの群れを、本部船のデッキ上から眺めているのは、とても綺麗だった。
隆は、趣味の一眼デジカメを片手に夢中になってヨットの姿を写真に収めていた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。