この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第188回
斎藤智
隆は、会社の仕事が終わって、麻美の家で夕食を食べていた。
「え!あの大きなヨットの中に入ったの!?」
麻美は、隆のごはんの器に、ごはんをよそおいながら言った。
「私も入ってみたかったな」
「だって、麻美は、肉汁を担当していて忙しかったじゃん」
麻美は、ちょっと残念そうだった。
「でも、隆のヨットの先生ならば、またいつでも中を見せてもらえるよね」
麻美は言った。
「そうだよ。堤下さんのヨットなら、いつでも乗れるよ」
「隆の先輩なんでしょう」
「先輩というか、ヨットを教えてもらった大先輩、先生だよ」
「っていうか、いつも艇庫の脇のところに置いてあったあの大きなヨットのオーナーさんが、隆の先生だったなんて初めて聞いたんだけど」
麻美は隆に言った。
「そうか。言ってくれれば、堤下さんなら、いつでも紹介したのに」
「言うも何も知らないから、言えないでしょう」
「まあね。堤下さんは横浜マリーナの近所に住んでいるんだけど、お店をやっているじゃん」
「そうなんだ」
「だから、日曜なんてお店としては一番忙しいときだからね。それで、俺たちがいつも横浜マリーナに行く日曜は、横浜マリーナになんか来ていられないもの」
「そうだよね。商店やってたら、日曜はかき入れ時だものね。ヨットになんか来れないよね」
麻美は頷いた。
「そうか。じゃ、堤下さんには、隆も頭あがらないわけね」
麻美は言った。
「なに、その言い方?」
「ううん。今度、隆がなんか言うこと聞かない時があったときは、堤下さんに言えばいいのかと思って」
麻美は、隆の頭をなでながら言った。
「こわ。麻美に堤下さんのことを紹介するのやめておこうかな」
隆は苦笑した。
「いいよ。別に隆に紹介してもらわなくても。横浜マリーナの人ならば、中野さんでも、望月さんでも誰にでも紹介してもらえるし」
「こわ。横浜マリーナのネットワーク・・」
隆は、つぶやいていた。
「で、大きいんだよ」
隆は、堤下さんのヨットの船内を麻美に紹介した。
堤下さんのヨットは、スワン53というヨーロッパ製のヨットだ。
53という艇種のとおり、正確には50フィートではない。53フィートのヨットだった。
一番後部のキャビンには、大きな本格的なダブルベッドがあり、キッチンもトイレも、シャワールームまでも付いている。
いずれのキャビン設備も、ラッコやマリオネットのように、陸上の通常の家の設備を小さくコンパクトにしたようなものではない。本当の陸上の設備と何ら変わらなかった。
キッチンも、ギャレーではなく、まさに家庭のキッチンだった。
オーナーズルームの大きなダブルベッド、バースではない、の前には、大きな鏡が備わっていて、お出かけの際の着替えなどの身だしなみの確認もできる。
「トイレには、ウォッシュレットまで付いているんだぞ」
隆の堤下さんのヨットを見た自慢の話は続いていた。
「すごいわね」
麻美は、隆の話を黙って聞いていた。
「いつか、隆さんもそんな大きなヨットが持てるといいわね」
麻美の横で一緒に聞いていた麻美のお母さんが、隆に言った。
「ですね」
隆は、麻美のお母さんに答えた。
「たぶん、ぜったい無理だとは思うけど…」
隆は、その後につけ加えた。
「でも、堤下さんも四人で、そのヨットを持っているんでしょう」
「ええ」
隆は頷いた。
「それじゃ、隆さんも仲の良いヨット仲間たち四人と買えばいいのよ」
「そうですね」
隆は、麻美のお母さんに言われて答えた。
「そうか。仲の良い4人か。麻美だろ、雪だろ、洋子に、香織・・」
隆は、自分の指を折りながら数えていた。
「仲の良い同士で買うなら、4人以上で買えますよ」
隆は、麻美のお母さんに答えて、麻美のお母さんは笑っていた。
「やめてよ、お母さん。隆にそんな大きなヨットを買わせる気?」
麻美が母に言った。
「あら、いいじゃない。隆さんの奥さんでもないのに、なんで、あなたがそんな心配するの」
「それはそうだけど…」
母に言われて、麻美は返答に困っていた。
「でも、俺はそんな大きなヨットよりも、今のラッコで、今のラッコのメンバーだけで、世界じゅうを巡ってみたいけどな」
隆が答えて、なんかちょっと麻美も嬉しくなった。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。