出航準備

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第48回

斎藤智

夏のクルージングは、一週間かけて伊豆七島を巡ってくる予定だった。

前の週の日曜日は、そのクルージングのための準備で、少し早めにマリーナに戻って来た。

前回の千葉クルージングは、一泊だけだったので、特に大がかりな準備をしなくても、気軽に行ってこれたが、今回は、一週間、しかも途中で食糧が無くなっても、なかなか食料の補充が容易にはできない島が目的地だ。事前にしっかり準備をしておかなければならない。

そんなわけで、日曜の朝にいつものように集まって、ラッコを出航させたが、いつものように夕方まで一日じゅうセイリングして遊んで帰ってくるのではなく、少し早めにマリーナに戻って来て準備をしようということになった。

キャビンの中もちゃんとお掃除をして、一週間とはいえ、そこに暮らすのだから、住みやすく物を整頓した。

船首のフォアキャビンには雪、そのすぐ後ろのダイニング兼ベッドルームには洋子とルリ子、船尾のオーナーズルームには隆、麻美に佳代の三人が寝ることになった。

それぞれの寝床の近くのハンギングロッカーを各自の私物を置けるロッカーにした。

ギャレーの脇にあるハンギングロッカーは、皆の共通のロッカーにして、そこには各自のオイルスキン、ライジャケ、ハーネスをぶら下げた。

オイルスキンとは、ヨット用の雨合羽の上下、完全防水で、しっかり着ると、荒れた海のデッキで水しぶきを浴びても、洋服の中にまで水が入ってこないようになっている。

ライジャケはライフジャケット、

ハーネスとは、犬の散歩用の鎖のようなもので、それを人間が身につけて、ハーネスの先に付いているロープの先を、ヨットのデッキ上のどこか突起物に結んでおけば、万が一、ヨットが揺れて、足をすくわれても、ロープで結ばれているので、ヨットから海に落ちることがないという安全グッズだ。

「買いだしに行こうか」

だいたい船内の整頓が済んだところで、隆が皆に言った。

横浜マリーナの目の前には、店舗から海が見えるところが売りのおしゃれなショッピングスクエアがある。

ショッピングスクエアの中に入っているテナントのほとんどは、ブティックやレストランだったが、その一番手前のところに大きなスーパーマーケットが入っている。

普通のイトーヨーカドーなどと比べると、輸入食品が中心のスーパーなのだが、通常日用品も多く取り扱っているので、隆たち横浜マリーナに船を置いている人たちも、クルージング時の買いだしによく利用していた。

「カレーとかが簡単に作れていいかもね」

「そうめんとか冷蔵庫に入れなくても腐らないし、多めに買っておこう」

麻美を中心に、ラッコの女性クルーたちは、買い物に夢中になっている。

一緒に買い物をしていると、それぞれの日常も見えてくる。

雪は、30代で独身生活が長いから、料理とかも得意と思われがちだが、普段は出来合いのものを買ってしまうらしくて、あまり買い物も上手でない。

かえって洋子のほうが、野菜を選ぶときにも、傷み具合に気をつけていたりしている。

意外だったのは、普段陽気で明るく振る舞っているルリ子が、野菜やお肉の選び方に詳しく、いいものをしっかり選定していた。ルリ子は、弟や妹など兄弟が多く、姉としてスーパーなどに母親とよく買い物に行っていたらしかった。

スーパーからヨットまで、買った荷物を運ぶ担当は、隆と佳代が中心になった。

夜の出航

伊豆七島へのクルージングは、夜に横浜を出航する。

普段、あまり入港しなれていないクルージング先の港の場合、夜遅くなって、暗くなってからの入港は危険だ。暗くなってくると、港の入り口付近に浅瀬があったり、港内に停まっていた小さな小型船に気づかずにぶつけてしまうことがあるかもしれないからだ。

そのため、クルージング先の目的地には、なるだけ昼間の明るいうちの入港がおすすめだ。

横浜から伊豆七島にヨットで行くには、伊豆七島のどこの島に行くかによっても違ってくるが、だいたい12、4時間ぐらいはかかる。

いくら夏の日とはいっても、夜の7時ぐらいには暗くなるだろう。夕方の5時を過ぎるあたりから暗くはなり始めるだろう。遅くても夕方4時ぐらいまでには、目的地の港に入港し終えていたいところだ。

それから逆算すると、前の日の晩、10時、11時には横浜マリーナを出航していたいところだ。

横浜マリーナは、目の前の海面上に何艇分かの保管スペースを持っており、そこの海面にヨットやボートを係留保管しているメンバーもいる。だが、隆たちのラッコは、毎回、大型クレーンで上架して艇庫内保管している。

夏のクルージングのように、長期でどこかに出かけるのに、夜に出航したいときは、事前にマリーナの事務所に連絡をしておけば、その出かける日の昼間に、スタッフが大型クレーンで船を下ろしてくれて、海面にあるゲストバースのポンツーンに係留しておいてくれるのだ。

隆たちは、仕事が終わってから、夜、マリーナにやって来れば、そのまま船を出航できるのだった。

「こんばんは!」

洋子も仕事を終えて、横浜マリーナにやって来たら、隆たちの姿を見つけて、声をかけた。

いつもの日曜日だと、朝、集合して船を出しているので、出会ったときの挨拶も、おはようだし、太陽が出ていて明るい。真っ暗な中、こんばんはと挨拶して出会うのは、めったになく新鮮だった。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。