セイリングの艤装

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第197回

斎藤智

麻美は、暁のドアを開けてキャビンの中に入った。

「え!なんにも無いじゃない」

麻美は、暁のキャビンの中に入って驚いた。

「そりゃそうだよ。。レース艇だもの」

隆と雪は、特に驚くことなく船内に入ると、後部キャビンにある簡易ベッドの上に荷物を置いた。

メインキャビンの中央前寄りに、小さなキッチン?ガスレンジ一個とシンクがあった。

その壁の向こう側に行くと、たくさんのセイルの束が置かれていて、その端のほうにトイレが一つ置いてあった。

トイレに腰かけると、まるでセイルの置かれた物置の中で用を済ませているような感覚だった。

「このトイレって扉どこにあるの?」

麻美は、メインサロンとトイレの間を仕切っている壁のところを探したが、扉がどこにもない。

「扉なんてないよ」

隆が言った。

「それじゃ、トイレするときどうしたらいいの?」

「開けっぱなしだろう。トイレの脇には、壁があるんだから、ドアなくても見えないだろう」

「ええ!?」

「ドアの分だけでも、少しでも軽くするために作っていないんだろう」

「それじゃ、ここで誰かトイレするときは、男の隆は、恥ずかしいからキャビンの中に入ってこないでね」

麻美は言った。

「はいはい」

隆は、返事をして出航準備の艤装のために、デッキへ出た。

隆が出ていくと、麻美とルリ子は、キャビンの中の整理をはじめた。

「ベッドって、このパイプベッドだけだよね」

「うん」

「後ろに4つ、と中央に座るところというか2人分でしょう」

「6人分だけ」

「うちって7人でしょう。ベッドの数足りなくない」

麻美は言った。

「隆!ベッドの数が皆の分足りないんだけど…」

麻美は、キャビンから顔を出して、デッキで作業している隆に声をかけた。

「ベッドなんていらないじゃん」

隆は、マストにセイルをセットしながら答えた。

「これから横浜マリーナを出航したら、夕方には、もう三崎港に到着しちゃうもの」

隆はつけ加えた。

「向こうに着いたら、夕食をどこかでマグロでも食べて、電車でその日のうちに帰ってくればいいだろう」

「そうか。今日は、ヨットの中でお泊まりしないのよね」

麻美も納得した。

「お昼ってどうする?」

ルリ子がキャビンの中から麻美に聞いた。

「カレーよ」

麻美が答えた。

「カレーっていっても、レトルトじゃないでしょう。船内で作るんでしょう」

ルリ子が、持ってきた玉ねぎや野菜などを袋から出しながら言った。

「そうよ」

麻美も、食材を仕分けるのを手伝いながら答えた。

「お鍋とかないよ」

ルリ子がシンクの下の棚をごそごそ探しながら言った。

出てきたのは、小さなやかん一つと小さな片手なべ一つだけだった。

ガスレンジもカセットコンロがひとつだけだ。

「それで作るしかないわね」

麻美は、小さな片手なべを手にとって言った。

「あとは、お水をタンクに汲んでくれば、船内の準備は一通り終わりかな」

麻美は、透明のポリタンクを持って、ルリ子に言った。

麻美は、佳代と二人でポリタンクを持って、水道に水を汲みに行った。

「私、デッキでセイルの準備しているね」

ルリ子が言った。

「うん。私たちも水を汲んできたら、セイルの手伝いするね」

麻美は言った。

出航までが大変なヨット

麻美たちは、水を汲んだ重たい大きなポリタンクを持って戻って来た。

「何か手伝おうか?」

麻美は、香織に声をかけた。

香織は、ブームにメインセイルを取りつけていた。

「お願い、手伝って!」

大きく長い布のメインセイルを一生懸命引っ張って、ブームの上にそわせていた。

麻美が、香織を手伝おうとセイルを引っ張ろうとすると、

「セイルが傷つくから引きずったらいけないんだって」

香織の反対側でセイルを持っていた洋子が言った。

「あら、ごめんなさい」

麻美は、セイルを持ち上げるようにして持ち直した。

「赤ちゃんを抱っこするように、大事に大事にセイルは扱わないと傷つくからな」

船首でジブセイルの取り付けを雪としていた隆が麻美に注意した。

「隆。赤ちゃんなんて抱っこしたことないじゃないね」

麻美は、セイルを持ち上げながら小声で佳代に言った。

佳代は笑っていた。

皆で長いセイルを持って移動しながら、やっとブームにメインセイルを付け終わった。

「終わったね!」

麻美は汗を拭きながら言った。

「これでやっと出発できるかな?」

「まだよ。これからセイルにハリヤードとかのロープを結ばなきゃ」

洋子が、セイルにロープを結びながら言った。

麻美も、洋子の見よう見まねでロープを結んでいった。

「なんだか、このヨットって出発するまでの作業が大変ね」

麻美が言った。

「うちのヨットならば、セイルも全部くっついたままだし、すぐに出発できるものね」

ラッコでセイリングに出かけるときのことを思い浮かべながら言った。

「でも、この作業も楽しくない」

雪が言った。

「雪ちゃんは、こういうの好きだものね」

麻美は、雪の頭を撫でながら笑った。

「ラッコでセイリングしてるときも、雪ちゃんは常にロープを引いたり、出したりしているものね」

雪がロープを結んでいるのを見ながら言った。

隆が、艤装し終わったあとのデッキ上をちゃんと出来ているかどうかもう一度確認していた。

「これ、結んだの誰?」

隆は、麻美の結んだところを見て叫んだ。

「はい。私だけど」

麻美が答えた。

「こんな結び方したら、外れてしまうじゃないか!」

隆が言った。

洋子がやって来て、麻美の結んだところを結びなおそうとした。

「洋子はいいよ。麻美に結びなおさせて」

隆に言われて、麻美が結びなおしていた。

洋子と佳代が麻美の側にやって来て、結び方を教えてくれていた。

「難しいね…」

麻美がつぶやいた。

「ラッコは、このロープとか皆付けっぱなしだものね」

香織が言った。

暁の艤装は、すべて出航前に取り付けなければならないので大変だった。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。