大島温泉ホテル

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第77回

斎藤智

漁師のおじさんは、皆を近くのホテルまで連れて行ってくれた。

波浮の港は、横浜から大島に行くのには、大島をずっと南下しなければならないので、距離があり大変だ。

でも、港に着いてしまえば、港から歩いていける範囲に、お風呂も、食事できるところもあって便利だ。

岡田港の場合は、横浜から大島に向かうには、近くて楽だが、港の周辺、歩いて行ける範囲には、お風呂や食事できる適当なところがほとんど無かった。

隆たちは、知り合った漁師さんに、港からホテルまで車で送ってもらえたので、とても助かっていた。

「ここのホテルのお風呂は、温泉だから気持ちええぞ」

送ってくれた漁師のおじさんは、車から降りた隆たちにそう言って、帰って行った。

「楽できて、助かってしまったね」

麻美は、隆に言った。

「うわ!大きな山が目の前に見える」

ルリ子が叫んだ。

ホテルの脇の駐車場のすぐ目の前に、大きな火山があった。

「あれが三原山だよ」

隆が、ルリ子たちに説明した。

三原山は、数年前にも噴火したことがある活火山だ。山の頂上付近には、けっこう緑も多かったが、麓付近は、噴火したときに流れた溶岩でまっ黒に覆いつくされていた。

「今回は、時間がないけど、今度、大島に来るときは、火口の辺りまで登ってみようか」

隆は、言った。

「さあ、温泉に行きましょう」

麻美が言って、皆は、ホテルのエントランスから館内に入った。

豪華なホテルという感じではないが、黒の色調で統一された館内は、落ち着いた雰囲気でゆったりくつろげる空間に仕上がっていた。

上階には、泊まり客のための部屋が用意されている。

地下に温泉があって、日帰り入浴のお客も利用できるようになっていた。麻美が、入り口で受付を済ませると、皆は温泉のある地下に降りた。

「それじゃね、隆。バイバイ」

麻美たち女性陣は、隆に手を振ると、奥の女湯に行ってしまった。

ラッコの乗員の中では、唯一の男性クルーの隆は、皆の楽しげな話し声を背中に聞きながら、一人寂しく男湯に入った。

クルーが、女性ばかりだと、こういうときに寂しいなと隆は、一人お風呂に浸かりながら思った。

三原山の夜

隆が、入浴を終えて、お風呂から出てくると、皆は既にレストランに集まっていた。

隆は、今夜の夕食はヨットに戻って、船内で食事をしようと思っていたのだったが、隆が男湯に入っている間に、麻美たちが、女湯で話し合って、ホテルのレストランで食事していくことになってしまったようだ。

レストランの入り口には、大島フェアと書かれたプラカードとともに、大島名産の食材を使った料理のサンプルが飾られていて、女性たちは、その料理に魅了されてしまったようだ。

「おお、舟盛りじゃん!」

席についた隆は、目の前の舟のお皿に盛られている刺し身を見て言った。

確かに、そこのレストランの料理は、美味しそうだった。

大島に自生している明日葉を使った料理が多く出てきた。

とても美味しい料理で、クルー皆、お腹いっぱいになるまで食べて、たいへん満足していた。

「帰りのバスがもう無いな」

ホテルの表のバス停に行って、バスの時刻を確認すると、もう既にバスの運行は終わってしまっていた。

「ホテルに戻って、タクシーを呼んでもらおうか」

「お腹もいっぱいだし、運動を兼ねて歩きながら、タクシーを拾おうか」

麻美が、ホテルに戻って、タクシーを呼んでこようとしていたが、皆は、夏ほど暑くもなく、気持ちのいい夜なので、表の通りまで歩いて戻ろうということになった。

皆は、ホテルの前の道を、ぶらぶらと横に並んで歩いている。

道は、舗装されているが、島の周りの景色は、緑の中なので、秋の夜の港までの道を気持ち良く歩けた。

「ルリちゃん、車、来ているよ」

麻美が、道路側を歩いていたルリ子に注意する。

たまに、車がやって来ると、横に並んで歩いていた皆は、道の脇に寄って、車を避ける。

ぶらぶら歩いていると、途中でタクシーを拾うつもりでいたが、道路の先のほうに港の入り口が見えるところまで歩いてきてしまった。

「あ、タクシーが来たよ」

麻美が後ろからやって来たタクシーを見つけて、皆を呼びとめた。

「もう、ここまで来たら、港まで歩いてしまってもいいんじゃないの」

「私は、もう歩けないよ。タクシーに乗るよ」

麻美は、タクシーを呼びとめて、一緒に歩いていた佳代と一緒に、タクシーに乗ってしまった。

「麻美が乗るなら、乗って行くよ」

ほかの皆も、タクシーに集まって来たが、全員は乗れそうもない。

ルリ子だけが、前の席に乗って、あとの隆、洋子、雪の三人は、歩いて港まで行くことになった。

三人が港への道を歩いていると、後ろから麻美たちの乗っているタクシーが追い抜いて行った。

「それじゃ、お先に」

タクシーの窓から麻美が手を振っていた。

「先にヨットに戻ったら、宴会の用意しておいて!」

隆が、走って行くタクシーに向かって叫んだが、隆の声は、タクシーの麻美たちにまでは、届いていなかった。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。