この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第73回
斎藤智
ラッコは、夏以来、一か月ぶりの大島、波浮港への上陸となった。
その後ろからマリオネットも入港した。
夏のクルージングでの大島は、巡航中にエンジンが止まってしまうというトラブルに見舞われたマリオネットだったが、今回は、特に何のトラブルも無く、無事に大島に到着した。
「久しぶりの大島!」
佳代が、もやいロープを片手に持って、一番最初に大島の岸壁に上陸した。岸壁に降りると、船が流されてしまわないように、急いでロープを結んで、船を停泊させた。
船側では、ルリ子や雪が、佳代の持っている反対側のロープの長さを調整して、うまく連携を取っている。
「おお、すごいな」
「うまく船を舫いましたね」
周りに止まっているヨットの乗員たちは、女性ばかりで、上手に船を操船、停泊させているラッコのクルーたちの様子をみて、感嘆の声を上げていた。
「お前よりも、よっぽど彼女たちのほうが、しっかりヨットマンしているんじゃないか」
周りに泊まっているヨットのオーナーは、自分のところの男性クルーに対して、ハッパをかけながら褒めていた。
「お昼にしようか」
船内の中から、少し年輩の女性、麻美が、ヨットの停泊作業をしていた佳代たちを呼んでいる。
「はーい!」
佳代たちは、停泊し終わって、ロープの余りをきちんと整理すると、麻美の待つ船内に入っていった。
男性ばかりでクルージングしているヨットが多い中で、ラッコたちのように女性クルーで操船しているヨットは、クルージングに行くと、港でけっこう目立っていた。
「今日のお昼は、冷やしそうめんね」
麻美が沸かしておいたお鍋のお湯で、皆は、そうめんを茹でた。
野菜を切って、お皿に盛りつけると、サラダを作る。マリオネットのクルーたちもやって来て、キャビンでは、お昼の食事が始まった。
「お昼を食べ終わったら、バスに乗って、大島の中心地に行ってみような」
午後からは、大島観光をする予定だった。
前回、夏に来たときは、大島では時間が無くて、島の中を見て周れなかったので、今回はゆっくりと大島を見て周ろうというのが、クルージングのメインの目的だった。
元町
元町行きのバスがやって来た。
元町といえば、横浜ならばチャーミングセールが有名な商店街だが、ここ、大島で元町といえば、大島の中心地になっている場所だった。
熱海から直行のジェット船も出ていて、島で一番栄えている町だった。
「そうなんだ」
隆が、そのことを洋子たちクルーに話すと、クルーたちは、島で一番栄えている町と聞いて、ビルが立ち並んでいる町を想像していた。
「おお、バスが来た!」
隆たちは、やって来た元町行きのバスに乗った。
バスは、波浮港のちょうど中央付近にある港の公衆トイレの前にあるバス停から出ている。
「ちょうど良かったね」
ラッコとマリオネットは、港の公衆トイレの目の前の岸壁に空きを見つけて、そこに停泊していた。
おかげで、すぐ目の前がバス停なので、バスが来るぎりぎりまでヨットでゆっくりしていられたのだ。
「うわ、トイレのすぐ目の前だよ」
停泊したばかりのときには、目の前に公衆トイレがある場所に、ルリ子も、麻美までもが、トイレの前ってちょっと嫌がっていたのだったが、バス停も、目の前だったのはラッキーだった。
隆だけは、公衆トイレの前に停めたことも、トイレに行きたくなったら、すぐに行けるから便利だろうなんて話していた。
当然、隆たちの乗っているヨットにも、船内には立派なトイレは付いているのだが、ヨットのトイレは壊れやすい、壊れると、汚物などを排水できなくなってしまうので、停泊しているときなどには、あまり船内のトイレは使わないというのが、ヨットマンの原則になっていた。
そのため、港の公衆トイレは、レジャーでやって来たヨットマン、ボートマンたちの利用者で、けっこう賑わっていた。
「次は、元町、元町です」
バスのアナウンスが告げた。
「ここが元町?」
元町は、確かに波浮よりは、多少大きめの商店街は、あったが、隆が、あまりにも、元町は、島で一番栄えている場所とクルーたちに言いすぎたせいか、クルーたちの想像していた元町の町とは、ギャップがあったようだった。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。