この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第93回
斎藤智
隆は、マリネットの舵、ステアリングを握っていた。
「隆君。舵を頼むよ」
隆が、佳代と一緒にマリオネットに乗り移るとすぐに、中野さんに声をかけられた。そして隆は、中野さんと交代で、舵を取るようになっていた。
「佳代。セイルのトリム、ポジションを走るように修正して」
佳代は、舵を握っている隆に言われて、バラバラだったマリオネットのセイルトリムを、ロープなどを引いたり、出したりして、セイリング出来るように修正した。
マリオネットのクルーの白井さんをはじめ、松尾さん、坂井さん夫婦も、佳代のやるセイルトリムを見よう見まねで、手伝ってくれていた。
「佳代ちゃん、ヨットが上手だから、うちのおじさんやおばさんの私じゃ、おじさんで動き悪いかもしれないけど、一生懸命動くからいろいろ指図してね」
坂井さんの奥さんが、年下の佳代に、気を配ってくれていた。
「もう少し、ヒールする?」
セイルトリムをしながら佳代が、隆に聞いた。
「ああ、ヒール少ししたほうが良いかもな。って、佳代も、俺に聞かないで、ヒールしたほうが良いと思ったら、松尾君たちに言って、指図してやれよ」
隆が、佳代に答えた。
「ほら、ヒールさせたければ、松尾君とかに風下側に座ってもらえばいいだろ」
自分よりも年上のマリオネットのクルーに指図しづらそうにしている佳代に、隆が言った。
「おじさんたちに言いづらいよね。こっちかな?ここに座ったらいい?」
坂井さんの奥さんが、笑顔で優しく佳代の頭を撫でてあげながら、自分の夫やクルーたちを連れて、風下側に移動した。
マリオネットがヒール、少し傾いて走るようになり、佳代のセイルトリムが調整されると、今まで中野さんがうまく走らせられずに、スタートできなかったマリオネットの艇体が、順調に走り出して、スタートラインを越え、ようやくレースをスタートさせた。
「スタート遅い!」
マリオネットがスタートラインを越えると、ラッコの艇上、本部艇から見ていたルリ子が、ピーと笛を吹いて、スタートしたことを隆に知らせた。
ルリ子たちは、一番最後にスタートした隆に、本部艇から遅いと冷やかしている。
隆は、それを苦笑して聞きながら、舵を握ってスタートしていった。
スピンセイル
一番最後にスタートしたマリオネットだったが、ほかの船にだいぶ追いついてきた。
暁たちのような、いつもレースを主体に活動しているヨットたちは、既にはるか先のほうに行ってしまっているので、マリオネットなんかには追いつけないが、まだ後ろのほうでのんびりレースに参加していたクルージング艇の参加艇たちには、マリオネットも追いついてこれた。
「よし、佳代。そこの風上のブイを周ったら、スピンを上げて、ほかの船を皆、追い抜くぞ!」
隆は、舵を握りながら佳代に伝えた。
「ブイを周ったらすぐに上げられるように、スピンの艤装を確認しておきなさい」
佳代は、隆に言われて、船の船首に行って、スピンの艤装を確認する。
坂井さんの奥さんを先頭に、マリオネットのクルーたちもやって来て、佳代のスピンの艤装を手伝おうとしている。
「スピンってカラフルなセイルのことよね?私たちもまだあまり上げたこと無いから、佳代ちゃんがどうやって上げるか教えてね」
坂井さんの奥さんが、佳代に言った。
スピンのセイルが、ちゃんと所定の場所で、所定のロープに結ばれているか、結ばれたロープが絡んでいずに、セットされているか佳代は、サイドデッキを忙しく動き回りながら確認していた。
間違ってセットされていたロープを坂井さんの奥さんに手伝ってもらいながら外して、もう一回結び直した。
※ロープのことを、ヨットでは通常シートと呼びます。
どうやら、無事スピンが上げられそうな状態になった。
「佳代!誰がどこのポジションについて、スピンを上げたらいいかを、お前が皆に指示して教えておけ」
コクピットで舵を握っている隆から佳代に新たな指示がきた。
揺れる船上でも、機敏に動き回れる佳代は、自分であれやこれやとロープを動かして、スピンを上げることは得意だった。
が、小柄で人みしりの佳代には、誰かに指図して動いてもらうというのは、とても苦手だった。
会社でも、上司から言われた書類を、自分がパソコンで作るのは得意だったが、誰かに指図して仕事するリーダー的な役割は、大の苦手だった。
「どうした、佳代!お前が皆にちゃんと教えなかったら、スピンを上げられないだろう」
どうやって教えたらいいのか迷って、デッキに立ちつくしていた佳代にコクピットから隆の大声が飛んでくる。
「このロープを引いたりすればいいのかな?」
困って立ちつくしている佳代に、坂井さんの奥さんが優しく声をかけてくれた。
佳代は、優しく声をかけてくれた坂井さんの奥さんに黙って頷いて、スピンの上げ方を説明した。
「それじゃ、このロープを引く人が必要よね。じゃあ、うちのだんなにこちら側のウインチで引いてもらおうか?」
坂井さんの奥さんの助け船のおかげで、坂井さんの夫のほうがスターボード側のウインチを担当することになった。
反対側のポート側のウインチは、松尾さんが担当することになった。
坂井さんの奥さんは、サイドデッキにいて、船首でスピンポールの操作をする佳代のサポートすることになった。
どうやら、皆それぞれにポジションが決まった。
「よし、ブイを周ったら、すぐにスピンを上げるぞ」
隆の声が聞こえて、佳代も、皆も、緊張していた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。