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真夜中の出航

真夜中の出航

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第156回

斎藤智

ヨットは、横浜マリーナの桟橋を離れて、夜の海へと出航していった。

今日からゴールデンウィーク。

横浜マリーナに停めているヨットも、クルージングに出かけていくヨットが多かった。

どの船も、金曜の夜のうちに、出航して、明日の昼間の明るいうちには目的地の港に到着することを目指していた。

隆たちの乗っているラッコと中野さんのマリオネットは、今回のクルージングの目的地は静岡県の熱海だ。

「それじゃね」

「行ってきます!」

美幸は、ラッコのデッキのライフラインを越えて、隣りに停泊しているマリオネットに乗り移った。

「行ってらしゃい!頑張ってきてね」

隆と洋子は、美幸に手を振って、出航していくマリオネットを見送った。

「行ってらしゃいって、私たちも一緒のところに行くんじゃない」

麻美は、二人が名残惜しそうに美幸に手を振っているのを見て、思わず笑ってしまった。

「出航しよう!」

雪が言って、ラッコの舵を回すと、ラッコも桟橋を離れて、夜の海に出て行った。

夜の海は真っ暗だった。

沿岸に見える横浜の岸には、街の明かりだけがピカピカ光っている。

そんな中を、ヨットで走っていくのは、素敵な気分だった。

実際には、真っ暗で何も見えないので、停まっている本船だとか、浅瀬とか漂流物とか気をつけなければならないものは、夜の海にはたくさんあり、航海するものにとっては緊張するのだが。

「香織。海の中をみてごらん」

隆は、香織に声をかけた。

香織が、暗い海の中を覗き込むと、明るく光っているものが見えた。

「なあに?」

「夜光虫だよ。海の中のバクテリアとかが発光しているんだってさ」

隆は、香織に答えた。

「きれい」

香織は、しばらく海の中を眺めていた。

「きれいだよね」

実際の航海にはあまり意識していない麻美も、香織と一緒に呑気に嬉しそうに海の中の夜光虫を眺めていた。

その後ろのコクピットでは、真っ暗な海に緊張しながら、ステアリングラットを握っている雪の姿があった。

「今日のウォッチはどうする?」

麻美が隆に聞いた。

ウォッチとは、夜中じゅう皆で起きて、徹夜でヨットの操船できないので、2グループとか乗員をグループで分けて、時間を区切って代わりばんこに操船を担当することだ。

片方が操船している間は、もう片方は船内で寝ていられるのだ。

「どうでも良いよ。麻美が決めてよ」

「私もどういうふうに別れても良いんだけど、私は、もうおばさんだから夜は眠くて、先に眠れるほうのグループにしてほしいな」

麻美が眠たそうに言った。

「それじゃ、雪ちゃんと洋子ちゃんのグループで別れたら?」

麻美は提案した。

麻美、佳代、ルリ子が雪のグループに入ることになった。

残った隆、香織が、洋子のグループだ。

「それじゃ、先に寝てもいいか?」

隆が香織を連れてキャビンに入ろうとした。

「え、だめ!私がおばさんだから、私が先に寝たいと言ったんだけど、私たちが先に寝て、隆たちは後から寝るんだから」

麻美があわててキャビンに入ろうとする隆を呼びとめた。

「あ、そうなの」

隆が戻ってきた。

「そうなの。だって、麻美ちゃんがもうお眠(ねむ)なんだものね」

雪が隆に言った。

「そう。もう、おねむなのよ」

麻美は、雪に言われて、赤ちゃんのように雪に甘えてみせた。

「おばさんだから、早寝早起きなんだ」

「そう、そうなのよ!」

隆に言われて、苦笑いしながら麻美が答えた。

洋子は、雪と舵を代わった。

雪たちのグループは、そのままキャビンの中に入った。

「ラッコさん、ラッコさん…」

キャビンの中に入ると、パイロットハウスに付いている無線機が呼んでいた。

「はいはい、ラッコです」

麻美がでると、それは美幸だった。

「あら、美幸ちゃん。どうしたの?」

「ううん。無線の使い方を教えてもらったから、かけてみたの」

「そうなの。使い方わかった?」

「はい。バッチシです。麻美さん、これからどうするんですか?」

「私は、これからキャビンの中で寝るところなの。もう眠たくて…」

麻美は、無線機の前であくびをしてみせた。

「そうなんですか。私もこれから寝袋に入って眠るところです」

美幸は、麻美と同じで嬉しそうに言った。

「それじゃ、おやすみなさい」

「おやすみなさい」

二人は、無線を切った。

「ルリちゃん、大丈夫?」

「はい」

ルリ子は、ギャレーの前のサロンのカーテンから顔だけ出しながら、麻美に答えた。

雪は、船首の部屋で既に寝てしまっているみたいだった。

「おやすみ」

麻美は、ルリ子に声をかけると、佳代と一緒に船尾の部屋に行って、そこのベッドに横になった。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。

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