この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第183回
斎藤智
日曜日の昼間、横浜港でセイリングをして、夕方に横浜マリーナに戻って来た。
横浜マリーナの前には、セイリングやボーティングを終えてきた船でいっぱいだった。
「ずいぶん混んでいるな」
隆は、いっぱいの船を見て言った。
横浜マリーナの上下架用のクレーンは100フィートのヨット、ボートまで上げ下げできる大型のものだ。
100フィートの船を上げ下げできるクレーンを持っているマリーナはあまりないだろう。
その点は、隆も横浜マリーナの設備について認めるところなのだが、クレーンの台数が1台しかない。
そのため、日曜など休みの日の朝や夕方は、ヨット、ボートで出かける人たちの利用が増えて、上げ下ろしの順番待ちの列ができてしまうのだ。
「皆、上げるんだもん。のんびり待ちましょう」
麻美は、ぜんぜんあわてずにデッキの最後尾に座ったまま、答えた。
舵を握っていた隆は、クレーンの順番が来るまでの間、横浜マリーナの港内をぐるぐると回っていた。
ぐるっと港内の端のほうに行った時、そこでは子どもヨット教室のOPがセイリングをしていた。
「隆兄ちゃん!うまく走らないよ!」
OPに乗っている子どもは、隆のヨットに気付いて大声で声をかけてきた。
13艇あるOPは、それぞれにヨット教室の子どもたちが乗って、小さなブイを打った海域をぐるぐる回って、お互いにレースをしていた。
「もっとセイルを引いて、ハイクアウトしないきゃダメだろう!」
隆は、その子にセイリングのアドバイスをした。
その子は、まだ小さい手で必死にセイルを引きこんで、一生懸命に小さな体をヨットの船体の外側に乗り出してセイリングしていた。
「ダメだな。あれじゃ、ハイクアウトが足りないよ」
隆は、その子のセイリングを見て言った。
隆は、実はクルーザーに乗るようになる前、子ども、小学生だった頃に、この子どもヨット教室に通っていた。
このヨット教室でヨットの乗り方を覚えたのだった。
いわゆる、横浜マリーナ子どもヨット教室のOBだ。
「かわいいね♪」
麻美は、小さな子どもたちが一生懸命ヨットに乗っているのを見ながら言った。
「本当、かわいい」
洋子も頷いた。
「ね、かわい過ぎだよ。私も、もし結婚して、子どもができたら、その子には、このヨット教室でヨットを習わせよう」
麻美は言った。
「だってよ」
ルリ子は、麻美の言った言葉を隆に伝えた。
「え、何が?」
隆は、聞こえなかった振りをしていた。
ヨットの片付け
やっと、ラッコの順番がやって来て、クレーンで上げてもらって艇庫に収納された。
「さあ、帰ろうか」
艇庫に入ったヨットの後片付けが終わって、皆はヨットを下りて艇庫を出た。
「隆兄ちゃん!」
さっき、海上でOPに乗っていた子どもが隆に声をかけてきた。
子どもたちも、今日の練習を終えて、横浜マリーナに戻ってきていた。
子どもたちは、クレーンの脇のスロープからOPを陸上に手で上げて、片付けをしていた。
OPの船体の前と後ろに一人ずつで、二人で協力してOPを陸上に上げていた。
「かわいいね。自分たちで一生懸命OPを運んでいるんだ」
麻美は、その姿を見て言った。
「だれか手伝ってぇ!」
女の子がOPに乗って戻って来て、スロープのところまでヨットを突っ込むと上にいるほかの子どもに声をかけていた。
ほかの子どもたちは、ちょうど自分たちの乗ったOPを水洗いするのに忙しそうだった。
「はいはい、お姉さんが前を持ってあげるわ」
麻美は、スロープの下まで走っていくと、その子のOPの前方を持ってあげた。
「ありがとうございます」
女の子は、麻美にお礼を言うと、自分は後ろ側を持って、船を陸上に上げた。
「奈美。隆兄ちゃんの彼女に船あげるの手伝ってもらったんだ」
横にいた男の子が、女の子に聞いた。
「うん」
女の子は答えた。
「お姉さんって、隆兄ちゃんの彼女なの?」
女の子に麻美は、質問された。
「え。さあ、どうかな?彼女じゃなくて麻美って呼んでいいわよ」
「麻美さんって言うんだ。麻美お姉さん」
女の子が言った。
「麻美さんっていうの?」
「麻美お姉ちゃんって隆兄ちゃんの彼女なんでしょう」
周りにいた男の子や子どもたちが、麻美たちのところに寄って来て、麻美は質問責めにあっていた。
麻美は、そんな子どもたちに笑顔で返していた。
「麻美さんって隆さんの彼女なの?」
子どもたちが麻美に話しているのを聞いて、ルリ子は隆のほうに同じように聞いた。
「え、いや…」
隆は曖昧に答えた。
「どうなんですか?彼女なんですか」
雪が自分の手をマイクのようにして、インタビューアのような格好をして隆に聞いた。
洋子やほかの皆も隆の周りに集まって、隆は、まるで本当にインタビューを受けているみたいだった。
隆は、少し照れながら苦笑していた。
隆たちがふざけている間に、麻美の方は、すっかり子どもたちと仲良くなってしまっていた。
横浜マリーナの隅のスペースには、OPをしまっておく台があった。
麻美は、水洗いの終わったOPの船体を、子どもたちと一緒になって、その台に収納する手伝いまでしていた。
「なんか麻美ちゃん、子どもヨット教室にすっかり馴染んでしまっているんだけど」
そんな麻美を見て、洋子が言った。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。