この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第109回
斎藤智
クレーンで上げられたラッコは、自分の艇庫の中に収まり、ゆっくりしていた。
「紅茶、飲む?」
麻美は、キャビンのギャレーでお茶を入れながら、皆に聞いた。
「はーい」
皆、麻美に手を上げて返事した。
横浜マリーナのスタッフに、艇体をクレーンで上げてもらい、自分たちの艇庫に入れてもらった後で、皆は、艇庫の中のラッコに上がって、セイルを片付けて、クルージングから帰って来て散らかっていたキャビンの中を片付けた。
麻美は、皆で片付けしている途中で、先に片づけを中断して、ギャレーでお茶とお菓子の準備をしていた。
そのお茶とお菓子を、ギャレーの前にあるダイニングテーブルに出した。
「いただきます」
皆が、席に着いてお菓子を食べようとしているときに、マリオネットの坂井さん夫婦がやって来た。
「あ、お疲れ様」
「お疲れ様。帰りのクルージングは大変だったね」
二人は、麻美にすすめられて、サロンのソファに腰掛けながら言った。
「マリオネットさんは、どのへんを走っていたの?」
今回の三崎からの帰りのクルージングでは、珍しくいつも一緒にクルージングしているマリオネットと一緒に走っていなかった。
「大変だったよ…。横須賀でボートの引き波であおられるし、風が吹いて来て揺れるしで」
坂井さんの奥さんは、麻美にマリオネットの帰りのクルージングのときのことを話した。
横須賀の側を走っているときに、本船、貨物船が走っていたので、避けようとして岸側に寄ったら、そこに大きなパワーボートが高速で走って来て、その引き波に揉まれて揺られたそうだ。
横須賀の陸側は、航路が狭いので、危うく岸から延びていた突堤にぶつかりそうになったらしい。
「横須賀のところから浅瀬とかも多いし、陸側を走るときは、気をつけないとな」
隆は、二人に説明した。
「ラッコは、ちゃんと横須賀のところでは、沖側を走っていたよね」
そのときに、たまたまラッコの舵を握っていたルリ子が、坂井さんの奥さんに自慢した。
「ルリちゃんは、もうすっかりベテランだものね」
「でも、私が沖側走ったんじゃなくて、洋子ちゃんに指示してもらって、私は、その言われたコースを走っただけだけどね」
ルリ子は、坂井さんの奥さんにベテランと言われて、ちょっと嬉しそうにしながら、照れていた。
「中野さんは?」
「今日は、家で待っている奥さんの具合が、あんまり良くないとかで、もう帰ってしまったの」
「あら、そうなの」
「私たちは、今日で最後だし、もう少しマリーナでのんびりしてから帰ろうってことになって、マリーナの中を歩いていたら、ラッコさんの艇庫のドアが開いていたので、おじゃまさせてもらいました」
坂井さんの夫婦は、ケーキを食べながら言った。
卒業。。そして
ルリ子と洋子は、クルージングから帰って来た後だというのに、まだ元気におしゃべりしていた。
佳代は、麻美の横に座って、坂井さんの奥さんから頂いたラッコのぬいぐるみを抱いて喜んでいた。
坂井さんの奥さんが、会社の同僚からもらったのだそうだ。
箱を開けて中を見たら、ラッコのぬいぐるみだったので、ラッコのことを思い出して、ヨットに持ってきたのだという。
「隆さんは、どれにする?」
洋子が、隆に聞いた。
聞かれた隆は、どのお菓子にしようか、お皿の上のお菓子を選んでいた。
「ルリちゃんは?」
「私は、もういい。食べない」
ルリ子も、洋子にお菓子をすすめられたが、ルリ子は遠慮していた。
「ルリちゃんがお菓子を遠慮するなんて、珍しいじゃない」
「だって今、食べたら、夕食が食べられなくなってしまうもの」
ルリ子は、答えた。
「夕食、どうしようか?パスタぐらいで良ければ、ここで作れるけど、それとも皆、うちに帰ってから食べる?」
麻美が聞いた。
「私、パスタがいい!」
ルリ子が真っ先に答えて、皆もヨットで食べてから帰ることに賛成していた。
クルージングから帰って来て、皆疲れているのだろうし、明日は、会社もあるのだから、早く家に帰って、夕食は家で食べたらいいのに、いつも皆、結局そのままヨットで食べてしまったりしてしまうのだった。
「坂井さんも一緒に食べていきませんか?」
麻美が、坂井さんに聞いた。
「あなた、どうする?ヨット最後だし、せっかくだから、ご馳走になっていかない」
「そうだな。俺はいいよ」
坂井さん夫婦も、一緒にヨットで夕食を食べていくことになった。
「最後って、もうヨットに来ないんですか?」
隆は、坂井さんたちの話していた最後の言葉が気になって聞いた。
「だって、今週でヨット教室は終わりでしょう」
坂井さんの奥さんが答えた。
「え、それは、確かにヨット教室は、昨日のパーティーで卒業式しましたけど…。ヨット教室が終わっても、ヨットには乗りに来られますよね?」
「私は、乗りにくるよ!」
ルリ子が、隆に言った。
ほかのラッコのヨット教室の生徒だったクルーも皆、頷いていた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。