この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第226回
斎藤智
「隆だけ起きてこないね」
麻美は言った。
ウォッチ明け、キャビンの中で寝ていた皆も、起きてきていた。
なのに、隆一人だけ、まだ起きてきていなかった。
「どうしたんだろう?体の具合でも悪いのかな?」
麻美は、少し心配そうに言った。
「昨日、遅かったから、まだ寝ているだけじゃないのかな?」
洋子が言った。
「それだったら、別に良いんだけどね」
麻美は、キャビンの中に入り、後部のオーナーズルームに入った。
中では、隆が頭からタオルケットをかぶって寝ていた。
「どうしたの?朝だよ」
麻美は、タオルケットの中を覗き込んで、声をかけた。
「う、うん」
隆は、眠そうにしていて、起きる様子はなかった。
「朝ですよ」
「それがなにか?」
「え?皆、もう起きてますよ」
麻美は、隆に言った。
「なんか具合が悪いの?」
麻美は、心配そうに隆の額に自分の手を当てた。
「別に。寝ているんだから、ほおっておいてよ」
麻美は心配して、隆の額に手を当てていたのに、隆は、麻美の手を払いのけて、またタオルケットをかぶり、寝てしまった。
「眠いだけなのね?」
麻美は、そんな隆の額にもう一度、自分の手を当てて熱がないことを確認してから言った。
「じゃ、私は、皆とキャビンの外に出ているよ」
麻美が言って、オーナーズルームから出ようとしていると、
「何か航海で問題とか起きているの?」
「ううん。大丈夫よ」
麻美は答えた。
「今はね、洋子ちゃんがステアリングを握っていたかな」
「そうなんだ。問題ないなら、じゃあ、寝てる」
隆は、タオルケットをかぶったまま寝てしまった。
「はいはい、おやすみなさい」
麻美は、部屋を出ていった。
「洋子ちゃんの言う通り、ただ眠いだけだった」
麻美は笑顔で、キャビンから出てきて洋子に報告した。
「そうなんだ。良かった」
洋子は答えた。
「雪ちゃんも寝ちゃったよ」
佳代が、デッキでデッキチェアを横にして寝ている雪を指さして言った。
「そうよね、皆、よく寝ていないんだもんね。眠いよね」
麻美は、寝ている雪を見ながら言った。
デッキで朝ごはん
「さあ、朝ごはんですよ。起きて下さい」
麻美は、寝ている隆のタオルケットをはがしながら言った。
「まだ眠いよ」
「もう朝の11時ですよ」
背の高い麻美は、隆のことをベッドから起き上がらせると着替えさせた。
「ああ~、まだ眠いよ」
隆は、眠そうな目でキャビンの外に出てきた。
デッキでは、皆がテーブルに朝ごはんを広げて食べはじめていた。
「はーい、隆さんのヨーグルト」
洋子が、隆の分のヨーグルトを手渡した。
「ありがとう」
隆は、洋子からヨーグルトを受け取って食べ始めた。
「麻美ってひどいんだよ。タオルケットをバンって引きはがして起こすんだから」
隆は、洋子に言った。
「主婦、失格だよね」
隆が言うと、
「だって、主婦としてはいつまでも朝ごはんの片付けできなくなっちゃうものね」
「そうよね」
雪に言ってもらえて、嬉しそうに麻美が答えた。
それを聞いて、皆は大笑いになった。
「で、どこらへんまで行った?大島はだいぶ真横になってきたね」
隆は、ステアリングを握っている佳代に聞いた。
「筆島があっちに小さく見えてきたの」
佳代は、遠くに小さく見える筆島を指さして言った。
「あれ、筆島なんだ。位置と言われてみれば、あれが筆島だってわかるけど。俺には点にしか見えないな」
隆は、佳代の指さす先を眺めながら言った。
「佳代ちゃんは、驚異の視力、両目とも2.0だものね」
麻美が答えた。
「麻美は見えるの?」
「見えるわけないじゃない。近視に、最近では少し老眼も入ってきているのに」
麻美は、苦笑した。
「っていうか、なんかいつもラットを見る度に、佳代ばかりステアリング握らせられてないか」
隆が佳代を見て言った。
「そんなことないよね。さっきまで香織ちゃんも持ってたし。その前は洋子ちゃんも持ってたし」
「でも、佳代ちゃんが一番握っている時間は長いかもね」
洋子が答えた。
「一番年下だから、お姉さまたちに握らされているの?」
隆は、佳代の顔をのぞき込んで聞いた。
「ううん」
佳代は、首を横に振った。
「佳代ちゃん、ステアリング好きなのよね」
麻美が言うと、佳代は大きく頷いた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。