三宅島の旅館

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第56回

斎藤智

「そろそろ、夕食の食事に出かけようか」

シイラをさばいて、漁港の岸壁でシイラパーティーを開いた後で、ラッコの皆は、船内に戻って、昼寝などをしながら、のんびり過ごしていた。

「なんか、腹が減ったな」

昼寝から目覚めると、お腹が空いてきた隆が言った。

漁港の近くに、食事だけでもできる旅館があるということで、夕食は、そこに食べに行くことになった。

「この道で大丈夫ですか?」

漁港を出たところで、道を歩いていてすれ違った地元の人に、麻美が旅館への行き方を聞いていた。

地元の方の話だと、すぐそこだと言う。

歩いても、10分ぐらいのところだというので、タクシーに乗るのをやめて、皆でぶらぶら歩いていた。

「なんか、ぜんぜん着かないね」

20分ぐらい歩いたところで、雪がつぶやいた。

「本当に遠いな」

隆も、雪のつぶやきに同意した。

「地元の人たちは、島のこの坂道とかに慣れているから、10分ぐらいで歩いてしまうのかもね」

麻美が答えた。

三宅島の道は、島のでこぼこに合わせて作られているので、アップダウンの激しい坂道が多い。ラッコの皆は、その道を登ったり、降りたりとずっと歩いていた。

「見えた!」

次の丘を登りきったところで、ルリ子が叫んだ。

丘の上から反対側に少し下ったところに、目指す旅館の屋根と看板が見えた。あと、もう少しとばかりに、皆は、頑張って旅館を目指して歩いていた。

「これで、旅館に入ったら、今日は満室なので、宿泊者以外の方のお食事はできません。って言われたらどうする?」

隆が、横を歩いていた佳代に聞いた。

「もう、歩けない」

佳代が、隆の腕にぶら下がりながら答えた。

「大丈夫よ。ちゃんと食べれるわよ」

麻美が、佳代の頭を撫でながら、笑顔で答えていた。

「でも、旅館の駐車場が車でいっぱいそう…本当に食べれないかもよ」

「本当だな。そしたら、タクシー呼んでもらって、どこかの食堂に食べに行こう」

隆と洋子は、話していた。

旅館の入り口に到着した。

皆は、入り口から中に入った。旅館の女将が、着物姿で皆を出迎えてくれた。旅館の中は、けっこう家族連れでいっぱいで混んでいたが、隆たちの心配したようなことはなく、女将に食堂へ案内されて、旅館で無事、夕食を食べれることになった。

「すごい!美味しそうじゃない」

麻美は、ほかのお客さんのテーブルの上に並べられた料理を眺めて叫んだ。ラッコの皆も案内され、空いていた席に座って、食事を注文した。

「こちらの貝は、今朝、うちの漁船が獲って来たばかりなんですよ」

女将に、横浜からヨットで来たことを話すと、女将は感動してくれたのか、頼んだ料理以外に、サービスで次々とメニューに載っていない料理を持って来てくれた。

「食べきれないよ」

テーブルの上に並べられた多くの料理を眺めながら、佳代が、笑顔で麻美に話していると

「若いんだから、大丈夫よ。いっぱい食べて行ってね」

女将が、次々と持ってきた料理を、佳代やルリ子の目の前に置いていった。

夜の宴会

隆たちは、旅館での夕食を終えて、港に戻ってきた。

時間は、もう既に、夜遅くなっており、漁港は真っ暗だった。漁港内に泊まっているヨットは、隆たちのラッコ以外に、マリオネットとあともう一隻だけだった。

さすがにボートで三宅島まで来るのは、きついらしく、パワーボートの入港は一隻も無かった。

マリオネット以外のもう一隻というのは、静岡の浜松からお盆休みを利用して、やって来た35フィートのヨットだった。

家族5人と犬一匹で航海してきたらしい。

中学と高校性になる息子さんたちが、しっかりお父さんのクルーの手になって、アンカーを打ったり、もやいを取ったりと停泊の際にも大活躍していた。

「ファミリーでのクルージングも、なんかアットホームでいいね」

麻美は、家族で力を合わせて、35フィートのヨットを操っているところを見て、雪に話していた。

「いつかは、あんなヨットに乗りたいな」

隆のほうは、乗っている家族ではなくて、ヨットのほうを見て、羨ましそうに洋子と話していた。

静岡から来たそのヨットは、フィンランド製のバルティック35というバルティック造船所で建造されたヨットだった。バルティックヨットといえば、世界じゅうのヨットマンが憧れる高級セイリングクルーザーだ。ヨットの船体の材質から細部の艤装品まで最高級の一流品を使用しているヨットだった。

「いいよな。あのヨット」

漁港に停泊しているラッコの船内に戻って来て、船内のサロンで寛ろいでいるときも、隆は、まだ良いヨットだ、良いヨットだと静岡から来たバルティック35のことを話していた。

「そう?私、昼間に中を見せてもらったけど、私はラッコの船のほうが好きだったな」

麻美は、隆に話していた。

昼間、バルティック35の家族の方と立ち話していたときに、船内に招待してもらって、佳代と一緒にヨットの中でお茶をご馳走になっていたのだった。

「中を見せてもらったの!?」

隆は、その話を聞いて、麻美のことを羨ましそうにしていた。

「花火するの?」

ルリ子が聞いた。

クルージングに出たら、現地の港で、夜になったら花火でも上げて楽しもうと、横浜で花火を買って、持ってきていたのだった。

「もう、お隣りさんも、寝てしまっているだろうし、今夜は花火はやめにしましょう」

麻美は、花火を中止にする代わりにと、冷蔵庫からフルーツゼリーを出してきて、皆に切り分けていた。

「うわ!美味しそう」

麻美のフルーツゼリーを見て、歓声があがった。

「いつ作ったの?」

「昼間。三宅島に来る途中の船内で作ったの。隆が大いびきをかいて昼寝してたときにね」

「へえ、ぜんぜん気づかなかった」

「じゃ、私も寝ていたときに作ったんだ」

洋子が言った。

「そうよ。洋子ちゃんも大いびきかいて寝ていたかな」

麻美が、ゼリーをお皿に盛りながら笑顔で答えて、洋子はそれを聞いて、少し恥ずかしそうな顔をしていた。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。