この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第149回
斎藤智
麻美は、パイロットハウスの窓から顔を出して、隣りのヨットにいる雪を呼んだ。
「雪ちゃん、お昼出来たよ!」
「はーい」
隣りのヨット、暁でニューセイルを見せてもらって、最新艤装のグッズを説明してもらっていた雪は、返事した。
「なんだか、お母ちゃんみたいだね」
暁の望月さんが、窓から顔を出している麻美に向かって笑顔で言った。
「え」
「そこから、顔を出して、外にいる子どもに、ごはんだよって声をかけているお母さんみたい」
「そうかな。ラッコの皆からもよく言われます」
麻美は、ちょっと照れながら望月さんに答えた。
雪がキャビンの中に戻って来て、ラッコのサロンではお昼の食事になった。
「雪の分のスパゲッティあるよ」
雪の腰かけた目の前のテーブルにスパゲッティのお皿がやって来た。
「それじゃ、食べようか」
「いただきます」
皆が、食事をし始めると、パイロットハウスの入り口のドアが開いて、ばたばたと人が入って来た。
マリオネットの中野さんたちだった。
「こっちで皆と食べようと思って」
中野さんは、持ってきた釜めしの入っているお鍋の中を見せながら言った。
「どうぞ、どうぞ」
麻美は、マリオネットの乗組員たちに空いている席をすすめた。
中野さんは、麻美にすすめられた席に座りながら、自分の連れてきたクルーたちを紹介した。
前に保田に行ったときに一緒だった馬渕さんと、ほかに6人ほどクルーがいた。
「すごい、いっぱいいますね」
隆は、彼らを一人ずつ見て言った。
「6人とも、先週からヨットに乗るようになったばかりなんだけどね」
6人とも皆、横浜マリーナのヨット教室の参加者たちだった。
皆、マリオネットに振り分けられた生徒さんだ。
「あら、じゃ、香織ちゃんと同じじゃない」
麻美が言った。
「ずいぶん、たくさん生徒さんを取ったんですね」
隆は驚いていた。
横浜マリーナのヨット教室は、だいたい一艇に多いところでも4人ぐらいまで振り分けられている。
それが今年のヨット教室は、マリオネットには6名も振り分けられたようだ。
男性4名、女性2名だった。
「マリオネットは、連休とかには、よく一緒にクルージングに行ったりしているヨットなんだよ」
隆は、香織にマリオネットのことを紹介した。
香織は、自分と同じヨット教室同期の生徒さんがたくさん乗っているし、お友だちになれるかなって思った。
新しいマリオネットの女性クルー2名のうち、一人は麻美よりも少し年上ぐらい、もう一人は、香織と同い年ぐらいの女性だった。
香織と同い年ぐらいの子は、美幸という名前だった。
マリオの美幸ちゃん
お昼の食事を終えて、皆はキャビンの中でのんびりしていた。
「ええ、もう舫い結びを結べるようになったんですか?」
美幸は、驚いた声を出した。
自分と同じに、横浜マリーナのヨット教室で先週からヨットを始めたばかりだという香織が、ラッコのキャビンにあった短いロープを使って、さっと舫い結びをしてしまったのを見て驚いていたのだった。
「私なんて、先週の教えてもらっているときでさえ、一度もまともに結べたことなかったよ」
美幸は言った。
「そうなのー」
「うん。なんかうまく結んでいるつもりなのに、きゅって縛ると、結び目がぜんぶ取れて一本のロープに戻ってしまうのだもの」
香織は、少し悲しそうに言った。
「先週、あそこでお皿を洗っているおばさんに教えてもらわなかったのか?」
隆は、ギャレーの麻美を指さしながら言った。
「え?」
「あのおばさん、先週の講義のときに、教室で生徒さんたちにロープの結び方を教えていたらしいぞ」
「ぜんぜん気づかなかった。私の周りにいた先生って、男の人ばかりだったもの」
美幸が答えた。
「私、ずっと麻美ちゃんと一緒で教えてもらっていたよ」
練習用の短いロープをいじりながら、香織が言った。
その香織の持っていたロープを、隆は手に取ると、そのロープをサロンのテーブルの脚にひっかけた。
「よし、舫いを結んでみようか」
隆は、そのロープを美幸の手に渡した。
美幸は、隆からロープを受け取ると、舫いを結ぼうとしていた。
途中までうまく結べているつもりだったのだが、ぎゅっと縛りこむと結び目が解けて、一本のロープに戻ってしまっていた。
「それでは結べないよ」
隆は、美幸の手を取ると、一緒にロープを持って、舫いを結んでみせてあげた。
何回か結ぶと、美幸も一人で舫いを結べるようになっていた。
「美幸ちゃんも結べるようになったよ」
洗い物を終えて、エプロンを外した麻美が香織の側に来ると、香織に話しかけられた。
「そうなの。もうばっちし結べるようになった?」
「はい!」
美幸は、麻美にロープを結んでみせた。
「あら、上手じゃない」
麻美は、美幸の結んだロープを見て言った。
「それじゃ、こういう結び方はできる?」
麻美は、舫いではなく別の結び方を美幸に教えた。
「え、なに?その結び方は私もまだ知らない」
香織も、麻美の横に来て、ロープの結び方を真剣に教えてもらっていた。
二人とも、けっこう覚えはいいほうで、すぐに結べるようになっていた。
「そういえば、さっき誰がおばさんですって」
二人が結んでいるのを見ながら、麻美は隆に話しかけた。
さっき、隆が洗い物をしている麻美のことをおばさんと呼んでいたのが、聞こえていたみたいだ。
「30過ぎたら、もう皆おばさんだよ」
隆が言ったので
「まあ、ひどい。別にいいけど、どうせおばさんだから。ね、隆おじさん」
隆は、麻美に言い返されていた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。