この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第178回
斎藤智
ラッコの艇内では、夜の宴会が始まっていた。
実際には、宴会というよりは、夕食にお酒が付いただけのものだった。
「カレー鍋にしてみたの」
麻美は、お皿にごはんを盛って、その上にカレーをかけたものを隆のテーブルの前に置いた。
隆だけがカレーライスだ。
ほかの皆のテーブルの前には、小皿が置いてあった。
テーブルの中央には、携帯コンロが置かれて、その上ではお鍋がぐつぐつと煮えている。
「カレーライスって俺だけ?」
「うん」
麻美は、隆に答えた。
「だって、お料理し始めたとき、隆だけどこかに行ってしまって鍋とライスのどっちにするか聞けなかっただもの」
麻美は言った。
「でも、良いでしょう。隆は、カレーライスが大好物なんだから」
「まあ、麻美の作るカレーライスは最高に美味しいから良いけどさ」
隆が言うと、ルリ子は口笛でヒューヒューした。
「もう、そろそろ平気かな?」
洋子は、麻美のほうを向いて聞いた。
「そうね。野菜はもう煮えていると思うわ」
麻美の返事を聞いてから、洋子は、皆の分のお皿に鍋から装った。
「隆は食べる?」
洋子は、皆の分を装い終わると、隣に座っている隆に聞いた。
「うん」
隆が頷いたので、洋子は隆の分の小皿にも鍋から装った。
隆は、1/3ぐらいカレーライスを食べたところで、カレー鍋のお皿にも手を出した。
「これ、けっこう美味しいじゃん」
「そうでしょう。前のスーパーで七味がけっこう安かったから、それを使ってオリジナルでカレー鍋のソースを作ってみたのよ」
麻美は言った。
「美味しい!」
皆が、カレー鍋をどんどんお代わりして食べていた。
隆も、すっかり2/3残ったカレーライスのことは忘れて、カレー鍋にばかり手を出していた。
「隆。ちゃんとカレーライスのほうも全部食べてね」
麻美が言ったが、結局、隆は鍋のほうばかり食べてしまってカレーライスを食べ切れなくなってしまっていた。
麻美は、隆の食べ残したカレーライスをお皿ごと受け取ると、残った分は自分で食べた。
皆が一通り夕食の食事を食べ終え、晩酌になった後で、雪だけは食べ続けていた。
雪は、まずはお酒から飲んでいき、その後で食事をするので皆と食べる順序が逆なのだった。
「雪の飲み方が、きっと本当のお酒の飲み方なんだろうな」
隆は言った。
雪は、黙ったまま頷きながら、グラスを傾けていた。
「今日の宴会は、ラッコのメンバー、身内だけだからなんか落ち着くな」
隆が言った。
「ね、確かに」
洋子も賛成した。
「美幸ちゃんもいるよ」
ルリ子が隣の席のマリオネットの美幸のことを言った。
「美幸は、うちのクルーみたいなものだから」
「確かに」
皆は頷いた。
美幸は、ラッコの皆が、マリオネットのクルーの自分のことを身内みたいなものと言ってくれたので、嬉しかった。
「でも今日の飲み会は、船で飲んでいるというよりも、なんかヨットのキャビン風の内装した居酒屋で飲んでいるみたいだね」
雪は言った。
「どうして?」
「だって、スカート着ている子もいるし。ヨットの中だと、スカートって着ている人あんまりいないじゃない」
雪は、ルリ子や香織のスカートを見ながら言った。
「そうね」
麻美は言った。
「あんまり見ない場所で、スカート着ている子みると可愛いけどね」
麻美は、ルリ子たちにニッコリしながらつけ加えた。
「うん。飲んでて、香織ちゃんがミニスカートの足で、ギャレーの前に物を取りに来るの見ると新鮮な感じがする」
「さすが。雪さんって男らしくて凛々しい」
雪が、まるで男性が女性のミニスカート姿を見たときのようなことを言ったのを聞いて、美幸が返事すると皆は大笑いになった。
「雪ちゃんって、背も高いしスリムで、宝塚の男役みたいな感じでかっこいいよね」
麻美が言うと、男らしいと言われて、雪も嬉しそうな表情をしていた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。