会社からマリーナ通勤

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第70回

斎藤智

「お母さん、行ってきます!」

洋子は、大きな荷物を抱えて、会社に出勤するため、家を出た。

「あなた、三連休は、ずっとヨットに出かけているの?」

会社に遅刻しないように、急いで出かけようとしている洋子に、母親が声をかけてきた。

「うん。今日の夜から、会社が終わったら、そのままヨットに行ってしまうから。月曜日まで、うちには戻ってこないから」

洋子は、母親に連休の予定を説明した。

「それにしても、そんなに大きな荷物持って、会社に行っても大丈夫なの」

ヨットに出かける着替えなどがいっぱい詰まったボストンバッグを抱えて、洋子は会社に出社した。

会社に着くと、誰にも見つからないうちに、急いで自分のロッカーにバッグを締まった。

特に、会社のほかの人に見つかったからといって、大きなバッグを持ってきたからって叱られるなんてことはないだろうが、いちいち皆に説明するのが面倒に思ったのだった。

洋子は、バッグをロッカーに仕舞うと、会社の事務服に着替えて、仕事を始めた。

今夜から三連休は、ずっとヨットに乗れるのだ。

そう思うと、仕事中も、ついついヨットのことを考えてしまい、仕事が終わる時間が待ち遠しかった。

定時の終わりを告げるベルが鳴っても、いつもだと多少は残って、仕事を片付けてから帰る洋子だが、この日ばかりは、残業はしないですぐに横浜マリーナに向かった。

洋子が、横浜マリーナに到着したのは、午後7時を過ぎていた。

会社が東京にあるので、定時にすぐ出ても、どうしても到着は、このぐらいの時間になってしまうのだ。

「こんばんは!」

マリーナの入り口で、先に来ていたルリ子や麻美と出会った。

「洋子ちゃん、かわいい!きれいな足!」

ルリ子が、スカートの下から出ている洋子の足を見て言った。

いつも、ヨットに来るときはジーンズばかりで、夏のクルージングのときも、短パンを着ていなかった洋子なので、ヨットの仲間は、洋子の足をあまり見たことなかった。

「あーん、恥ずかしいよ。あんまり見ないで」

洋子は、ルリ子に言われて、本当に恥ずかしそうに、手でスカートの下から出ている自分の足を隠しながら言った。

洋子は、あわててマリーナのクラブハウス脇にある小さな女子更衣室に入ると、そこでパンツに着替えた。

横浜マリーナのクラブハウス脇のところには、小さいが男女それぞれにトイレも完備した更衣室があった。

クラブハウス内部には、ちゃんとした大きな鏡やシャワー室も完備した立派な更衣室に、それとは別にトイレも、お風呂もあるのだが、職員が少なくなる夜は、防犯のため、クラブハウスを閉めてしまうので、夜の来訪者のために、脇にも小さな更衣室を作ってあるのだった。

今夜のラッコのように、夜に出航するときなどには、会員たちは、クラブハウス脇の更衣室を便利に利用していた。

出航準備

横浜マリーナ内のショッピングスクエアのスーパーは、夜10時までやっている。

「おはよう!」

着替え終わって、更衣室から出てきた洋子を見つけて、隆が声をかけた。

「おはようじゃないでしょう。こんばんはでしょう」

夜なのに、おはようって挨拶した隆を、笑いながら麻美は訂正した。

「買い出しに行こうか」

隆は、麻美たちに行った。

隆の後ろから、買い物用の袋を持って、佳代もやって来た。

「行くよ。買い物」

隆は、洋子に言った。

「はい。ちょっと待ってよ。荷物をヨットに置いてくるから」

洋子は、急いでラッコに走って行くと、自分の大きな荷物を、船内に置いて戻って来た。

「洋子。会社の帰りに、そのままマリーナに来たんだろう?」

「そうよ」

「洋子って、いつも会社もジーンズで働いているんだ」

「え、違うよ。さっき、ここに来て、着替えたの」

洋子と隆は、スーパーに向かう道中、話していた。

「そんなことないよね。可愛いスカートで通っていたものね。洋子ちゃん、すごくきれいな足なのよね」

二人の会話に、麻美が割って入ってきた。

「え、足の話はいいの、いいの」

麻美に言われて、洋子は、また恥ずかしそうに、自分の足をジーンズの上から撫でながら答えた。

「今回のクルージングは、何を食べようか?」

スーパーに入ると、隆は、ショッピングカートを押しながら、皆に聞いた。

「てんぷら、食べたいかな」

店頭で、てんぷらの実演販売している屋台を見ながら、洋子が答えた。

「てんぷらか。いいね!そしたら、またルリ子に魚を釣ってもらわなきゃ」

隆は、ルリ子に言った。

「いいよ!釣るよ」

ルリ子は、隆に言われて、笑顔で袖を腕まくりしてみせた。

三人がバカ話をしている間に、麻美たちが食材や調味料をどんどんと選んで、カートに追加していった。

「隆。早く!カートに入れられないでしょう」

麻美に言われて、隆は、あわててショッピングカートを押しながら、麻美の後についていった。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。