この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第181回
斎藤智
レース練習を終えて、暁とラッコは横浜マリーナに戻って来た。
といっても、暁はレース練習をちゃんとしていたかもしれないが、ラッコのほうは、暁のお尻を追っかけて走っていただけだった。
最初こそ、ちゃんとセーリングで追っかけてはいたが、途中からはなかなか追いつけず、最後は機帆走で追いかけて、暁のセーリング写真を撮っていただけだった。
ラッコが横浜マリーナのゲスト用ポンツーンに停泊してから、その横に暁が停泊した。
「どうだった?」
暁から戻って来た雪に、隆は聞いた。
「おもしろかったよ!ほんのちょっとした操作で、ヨットが本当に早く走るの」
雪は、よっぽどレース艇のセイリングが楽しかったらしく興奮していた。
「佳代は?」
一緒に戻って来た佳代は、隆に聞かれて、楽しかったと頷いた。
「佳代ちゃんも、レース練習頑張っていたよね。望月さんにすごく褒められていたもの」
麻美が佳代の頭を撫でながら、隆に報告した。
「それで一番心配の麻美は?」
隆がちょっと意地悪そうに微笑みながら、今度は麻美に聞いた。
「え、私?私も大丈夫だったよ」
麻美は答えた。何が大丈夫なのかまでは伝えなかった。
「何も練習には手伝っていないけど、ちゃんと望月さんの後ろのところに座って静かにしていたから、お邪魔にもならなかったし」
麻美は、いつものラッコのギャレーに行くと、かけてあったエプロンをしながら言った。
「そうか。麻美が邪魔しなかったか。それを聞いて、一番ほっとした」
隆が意地悪そうに言ったので、麻美は、隆の頭をげんこつで軽くコツンと叩いた。
「ね、隆。麻美ちゃんは別にヨットは出来なくても良いんだよ」
雪が隆に言った。
「え、なんで?」
「オーナー夫人だから!」
佳代が大きな声で隆に返事した。
「オーナー夫人?」
「麻美ちゃんはラッコのクルーじゃないの。オーナー夫人なの!」
佳代が言ったが、隆はその意味がよくわからないでいた。
「望月さんにそう言われたの」
雪が説明した。
「へえ、そうなんだ。もしかしたら俺がクルーで、麻美がオーナーなのかもな」
「いや、そうじゃないでしょう」
麻美のことについては鈍い隆に、じれったそうに雪が答えた。
「今日のお昼ってパスタでしょう?お湯はもう沸かしておいたの」
洋子が麻美に言った。
ギャレーのガスレンジの上には、大きなパスタ鍋が湯気を上げていた。
「ありがとう。そう、パスタのつもりだったの」
麻美は、パスタの具に使うシーフードを冷蔵庫から出しながら答えた。
「雪ちゃん、望月さんたちに、こちらにどうぞって誘ってきてくれない?午前中、ヨットに乗せてもらちゃったから、今日のお昼はご馳走しますって」
麻美は、フライパンに火をいれながら、雪にお願いした。
雪が暁に行って、暁のクルーの人たちを呼んできた。
暁の人たちは、ラッコのキャビンに入って来ると、パイロットハウスにあるサロンのソファに腰かけた。
「ラッコに、こんなに男性がいっぱい乗るのって初めてじゃないか」
隆は言った。
暁のクルーは皆、屈強な若い男性ばかりだ。
「そうかもね」
「ルリ子、嬉しいだろう?こんなに素敵な若いイケメンばかりいっぱい集まって」
「そうね…」
ルリ子は、隆に冗談まじりに言われて、ちょっと恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうにしていた。
「はい。じゃあ、ルリちゃん。このおつまみを暁のイケメンクルーさんたちにお出ししてきて」
麻美は、出来たばかりのお酒のおつまみをルリ子に渡した。
「もう、麻美ちゃんまで。私がまるで男性に飢えているみたいじゃない」
ルリ子は、麻美からおつまみの皿を受け取りながら、苦笑した。
ルリ子が、パイロットハウスにいる皆におつまみを出した。
隆は、パイロットハウスの棚に入っていたブランデーのボトルを出すと、暁の皆のグラスに注いだ。
「美味しいね。このおつまみ!」
「麻美さんの自作?」
望月さんが麻美に聞いた。
「ええ、ちゃちゃって作っただけなんですけど…」
麻美が答えた。
「でも、美味いっす」
「麻美さんは、お料理上手なんだね。こんなに料理上手なら、隆君は幸せだね」
暁のクルーが皆、口々に麻美の料理をほめてくれるので、麻美は少し照れていた。
そんな麻美よりも、なぜか隆の方が頬を赤らめていた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。