小猿

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第91回

斎藤智

隆は、安心してキャビンから出てきた。

「麻美ちゃん、大丈夫そう?」

キャビンから出てきた隆に、洋子が心配そうに聞いた。

「ああ、今、寝たところだから、大丈夫だろう」

隆は、洋子に答えた。

隆が、キャビンの中で麻美の介抱をしている間に、船は、既に観音崎を越えて、その内側に来ていた。

ここまで来てしまえば、後は、猿島、八景島、横浜ベイサイドマリーナを横に見ながら、横浜マリーナに戻るだけだ。

「麻美ちゃんが、船酔いしたって聞いたら、なんか私まで船酔いしている気がしてきた」

ルリ子が言った。

「船酔いしそうだと思ったら、洋子と舵を代わってもらえば良いんだよ。舵を握っていると、操船に集中しているから、船酔いしているヒマがない、というか船酔いが治るから」

今は、雪から代わった洋子がステアリングを握っていた。

その洋子が、ルリ子に舵を握る?って聞きながら、ルリ子に舵を手渡した。

「うわ!なんかステアリングがすごく重い」

洋子から手渡されたステアリングを操作しながら、ルリ子が言った。

海が荒れていて、強い風が吹いているので、舵がけっこう重いのだ。

「洋子ちゃんって、こんな重い舵を握っていたの」

ルリ子は、洋子に驚いていた。

洋子は、皆の中で、一番ヨットの上達が早いみたいで、もうすっかりヨットの操船も、お手のものだった。

洋子ほど上手でなく、力もないルリ子は、船が左右に勝手に行かないように、必死でステアリングを握っていた。おかげで、ルリ子の船酔いは、すっかりどこかに行ってしまったようだった。

ルリ子は、必死に舵を取っているつもりなのだが、どうしても洋子や雪ほどに、うまく舵を取れずに、多少は船の揺れが大きくなってしまっていた。

その揺れで、ジブのセイルの形が崩れて、船首に止めてあったジブファーラーのロープが外れてしまった。

「あ、ロープが外れた!」

隆が叫んだ。

サイドデッキにいた雪や洋子が、船首に行って直そうとしたが、船の揺れが大きくうまく行けずにいた。

そんな中、佳代だけは、船がまるで全く揺れていないように、小柄な体でぴょんぴょんとデッキの上をとび跳ねながら、船首に行き、ファーラーロープを固定、しっかり直して戻って来た。

セイルのスカート

「あ、今度はジブセイルのスカートが、はみ出している」

佳代は、パイロットハウスの屋根の上をぴょんぴょんと跳ねながら、また船首に飛んで行って、ジブセイルのはみ出しを直していた。

「すごいな!まるで小猿のように身軽に飛んでいくな」

隆は、佳代の身軽さに驚いていた。

またジブセイルのスカートがはみ出していた。

「佳代。スカートが、はみ出しているから直してきてよ」

佳代は、隆に言われて、ぴょんぴょんとパイロットハウスの屋根の上を飛び跳ねながら、船首に走って行った。

船首に着くと、ジブセイルのスカートを直した。

スカートといっても、別にヨットがスカートを着用しているわけではない。ジブセイルのスカートとは、セイルの下端のライフラインからはみ出している部分のことだ。

ヨットには、乗員が船から海に落ちないように、船体の周囲が金属製の細いロープで覆われている。

このロープが覆われているために、乗員は、そのロープに捕まったり、体を支えてもらったりして、船からの落水を防止しているのだ。このロープのことをライフラインと呼んでいる。

ジブセイルは、マストの前端、船首に張るセイルのことだ。

ジブセイルを引きこむと、ちょうどセイルの下端が、ライフラインのロープとぶつかってしまい、うまく引きこめないときがある。

引きこめなかったセイルの下端は、ロープの外側に、まるで風に吹かれるスカートの裾のように、ひらひらとしている。

それでヨットマンたちは、そのことをセイルのスカートと呼んでいるのだった。

スカートが、はみ出していると、見た目も悪いし、セイルがきれいに孕まないので、

「佳代。スカートが、はみ出しているから直してきてよ」

ということになるのだ。

そうすると佳代は、ライフラインに掛っているセイルのスカート、ひらひらを上に引っ張り上げてから、船体の内側に引き込むのだった。

レース艇などの場合は、このスカートがはみ出していることで、セイリングのスピード、レースに影響するので、どんなに風が強くて、吹いていても、クルーが船首に行き、スカートを直してくる。

だが、

クルージング艇などの場合、スカートがはみ出しているのは、わかっているのだが、風も強いし、船首に行くのは危険だし、面倒なので、あきらめてはみ出したまま走らせてしまうヨットも多かった。

ラッコも、隆が麻美と二人だけでセイリングしていた頃は、よくそのままにしていた。

でも、今は、佳代がいてくれるので、セイルが引っ掛かると、佳代が飛んでいって、すぐに直してきてくれるように、なっていた。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。