この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第128回
斎藤智
日曜日、デーセイリングを終えた隆たちは、横浜マリーナに戻って来た。
「それじゃ、お先に。お疲れさま~」
麻美が、横浜マリーナのクラブハウス内にいたスタッフに声をかけてから、皆は、自宅に帰宅するために横浜マリーナの入り口を出た。
門の外に出ると、車を停めている駐車場に向かった。
横浜マリーナのショッピングスクエアに訪れたお客さんたちの駐車場は、ショッピング棟の隣りにコンクリートの建物があって、その建物全体が駐車場になっていた。
隆たちのように、マリーナの利用者の駐車場は、マリーナの少し手前のところにある平地の駐車場だった。
隆の愛車は、トヨタのエスティマだ。
今の新型のエスティマではなく、初期のタマゴ型のエスティマだった。
今年の夏までは、隆は、日産の普通のセダン車に乗っていた。
セダン車だと、四人しか乗れないので、ヨットからの帰り道に、洋子たちほかのラッコのメンバー、クルーたちを全員乗せきれなくなってしまうため、エスティマに乗り換えたのだった。
夏にトヨタのショールームに行ってみると、ちょうど出たばかりの新型エスティマが飾られていた。
麻美と一緒に、それをさんざん試乗したりしたのだが、結局あまり気に入らず、中古の初期のエスティマにしたのだった。
「大晦日はどうするの?」
雪が隆に聞いた。
「大晦日は、家でのんびりしているよ」
「ヨットは出さないの?」
今度は、ルリ子が聞いた。
「出したいのか?大晦日は、きっとものすごく寒いぞ」
「出さなくてもいいけど、また横浜マリーナに来て、ヨットの中でお泊まりしたいな」
ルリ子が答えると、ほかのクルーたちも頷いた。
「じゃあ、大晦日もまたヨットに泊まろうか?」
隆が、麻美に聞いた。
「私は、別にいいけど、次の日、お正月だから実家行かないといけないよ」
「マリーナから直接行けばいいよ」
「私も、親戚のところに行く予定になっているけど、横浜マリーナから直に行こうと思っていた」
「それじゃ、ヨットに泊まろうか」
ラッコのメンバーは、大晦日にまたヨットで泊まることになった。
大晦日セイリング
大晦日の朝、隆たちは、横浜マリーナのクラブハウスに集まっていた。
大晦日の夜に、ヨットでお泊まりするのだから、そんなに朝早くから横浜マリーナに集合しなくても良かったのだが、皆集合してしまったのだった。
「もうすっかりヨットが生活の一部になっているよな」
この四月に、横浜マリーナのヨット教室に参加して、隆のヨットに配属になった雪や洋子たちだったが、ヨット教室で初参加して以来、毎週のように横浜マリーナに来るようになっていた。
ほかの横浜マリーナのヨット教室に参加していて、ほかのヨットに配属されていた生徒さんたちは、早い人だとわずか一週間で、ヨット教室に来なくなってしまう人も多いというのに、ラッコに配属された生徒たちは、全員皆勤賞ものだった。
「今日、暖かいね」
大晦日だというのに、今日の天候は、わりと比較的暖かった。
「午前中は横浜マリーナ内でのんびりして、後でショッピングスクエアが開店する時間になったら、買い物でもして過ごそう。午後からヨットを出そう」
隆が言った。
大晦日ということで、横浜マリーナのショッピングスクエアでも、近くにある卸売市場から市場の出店者たちが大勢やって来て、ショッピングスクエアの中庭で出店を開いていた。
毎年、大晦日は、その出店を目当てに、けっこう遠くのほうからも、横浜マリーナのショッピングスクエアにやって来る。
「ねえ、すごい人だね!」
「いつもは、横浜マリーナのお店って、ちゃんと儲かっているのか心配になるぐらい、誰もお客さんいないのに。今日はすごいよね」
「すごい熱気!」
隆や洋子たちも、ショッピングスクエアの中庭で開催されている市場に参加していた。
「迷子にならないように皆、ちゃんと手をつなぎましょう」
麻美は、佳代の手を握りながら言った。
「安いよ!安いよ!この鮭!お正月料理にぴったしだよ!」
威勢の良い声で、魚屋のおじさんが叫んでいる。
「活きの良いカニが入ったよ!!」
大きなダンボールをいっぱい乗せた台車を押して現れたおじさんが、その箱を開けながら叫んだ。
「二匹で三千円!!」
おじさんが、箱から出したカニを高く上げると、わっとその周りに人が集まって来た。
集まって来た人たちは、良いカニを獲ろうと必死だった。
「あの数の子がほしいな」
麻美が、人だかりの出来ている出店の前で言った。
「私、取って来る」
ルリ子と洋子は、人を掻きわけて、麻美のために数の子を取って来てくれた。
「ねえ、このワンピなら、佳代ちゃんに似合うと思わない?」
「うん。佳代ちゃんって赤が似合うよね」
横浜マリーナのショッピングスクエア中庭では、おもに食品、正月用の物が売られていた。
その中庭の市場目当てに集まった人たちを狙って、普段は、店内で営業している洋服などのブティックのお店も、中庭のほうに向けて、外に商品を並べていた。
ヨットハーバーに来たというのに、麻美たちも午前中は、すっかりショッピングスクエアでの買い物に夢中になっていた。
「いっぱい買ったね」
たくさんの紙袋を両手に抱えた麻美たちは、そのまま横浜マリーナのヨットハーバーのほうに戻って来た。
「さすが、女性陣の多いラッコさんだね」
買い物袋を両手いっぱいに抱えて、横浜マリーナのヨットハーバー内を歩いているラッコのメンバーを見て、ほかのヨットのメンバーは、笑っていた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。