この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第47回
斎藤智
ラッコは、横浜に向けて、千葉の港を出航した。
同じ横浜マリーナに置いているマリオネットも一緒だ。
千葉の港を出ると、目の前の対岸に観音崎の白い灯台が見えている。まずは、その灯台のある向こう岸を目指して、大きなタンカーや貨物船が横切っている東京湾を横断していなければならない。
「左から大型のタンカーが来ます!」
「右から貨物船がやって来ます」
ラッコの乗員は、帰りもタンカーにぶつからないようにウォッチに集中している。
苦労して東京湾を渡り終えると、
あとは観音崎の灯台の脇を通り過ぎたら、横浜港へ向けて北上していくだけだ。
今日は海の日の連休だから、夏の日も高く、風は微風で、モーターセーラーのラッコは機帆走でのんびり走っていられるが、秋の連休を利用して、千葉まで遊びに行った帰りのセイリングなんかだと、北の風、真向かいからの冷たい風に当たりながら進むので、けっこうハードだ。
その点、夏のクルージングは、風もなく、波もなく、穏やかだった。
朝ごはんをしっかり食べてお腹いっぱいのルリ子などは、短パンに着替えてフォアデッキで大の字になって昼寝していた。
「私も、昨夜遅かったから、ルリちゃんの横に行って昼寝してこようかな」
麻美も、バスタオルと枕持参で、フォアデッキのルリ子の横に行って、一緒に寝転がった。
「私も横で昼寝させてね」
「どうぞ、どうぞ」
さすがに30代の麻美は、20代のルリ子のように短パンで寝転がるというわけにはいかないらしく、デッキに寝転がると、日焼け止めをたっぷりと顔や腕に塗って、枕にタオルでしっかり体をカバーしてから昼寝していた。
麻美は、いつの間にか、ぐっすり眠ってしまっていたらしい。
クレーンの動く大きなモーター音で目を覚ました。
ラッコは海面から持ち上がって、空中高くに浮かんでいた。
眠っている間に、ラッコは横浜マリーナに到着してしまっていたらしい。ラッコは、横浜マリーナでは上架、艇庫内保管のため、帰って来るとクレーンで持ち上げられて、艇庫に納められる。
クレーンで持ち上げられるときには、普通、乗員は、その前に船から降りるのだが、眠っていた麻美は、そのまま船の上に取り残されてしまったらしい。
「ちょっと起こしてくれれば良かったのに」
クレーンで持ち上げられたラッコが、自船の艇庫内に収まってから、皆が船に戻って来た。麻美は、隆に文句を言った。
「だって、あんまりにも気持ち良さそうに寝ているから、起こすのが可哀そうになってしまってさ…」
船の後片付けをして、船内の掃除をしてから、各自のバッグを持って、船を降りて、家に帰る準備をした。
「もうクルージング終わりなんだね」
「もっと、どこか遠くに行きたいな」
ラッコのクルーたちは、初めてのクルージングがすっかり気に入ってしまったらしく、皆、もっとクルージングを続けたがっていた。
「でも、あと二週間したら、お盆にもっと長くクルージングに行けるよ」
「そうだよね」
「それでは、夏の楽しいクルージングまでは我慢して、明日からの会社でのお仕事を頑張りますか」
ラッコの皆は、それぞれの家路についたのだった。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。