大漁!

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第54回

斎藤智

昨日に続いて、天気の良い夏らしいクルージング日和だった。

海は、ベタッとフラットで凪ぎいていた。風も無く、夏の暑い日差しはラッコのデッキ上に降り注いでいた。

麻美と雪は、大きなビーチパラソルをデッキ上に広げて、その下で寝転がっていた。隆と洋子も、ブームの上に小さなテントを張って、日陰を作って、その下でくつろいでいた。

「魚釣りとかするの?」

「弟と一緒に、よく本牧の釣り場に、釣竿を持って行っていたの」

隆とルリ子は、話している。

「それじゃ、釣りをしようか」

隆は、立ちあがって、船尾のコクピットにあるロッカーを開けて、中から釣りの道具を出して、ルリ子に渡した。

釣竿ではなくて、赤い色の積み木のおもちゃのような飛行機に長い糸が付いているものだった。糸の先には、釣り針が何本か付いている。

釣り針、糸と一緒に、飛行機を船の船尾から流して、待っていると針に魚がかかるのだと、隆はルリ子に説明した。

ルリ子は、釣竿を垂らしての釣りならば、したことがあったが、飛行機を流してやる釣りは、したことがなかった。

「これで、釣ったことってあるの?」

「無い」

釣りを全くやらない隆は、ルリ子に聞かれて答えた。

船に積んでいた釣り道具は、クルージングに出かけたときに、魚が釣れたら、美味しいお刺身が食べれて良いなって思って、ただ船に積んでいただけで、実際には、隆も、釣り道具を一度も使ったことがなかった。

しばらく、隆とルリ子は、飛行機を船尾から流しては引き上げを繰り返していた。

何度かやっているうちに、魚はかからないのに、糸を引いたり、出したりしているのに、隆は、すっかり飽きてきてしまった。

飽きてきた隆は、釣りをやめて、洋子の横に戻って来て、またデッキ上に寝転んでいた。

「引いたり、出したりし過ぎかもしれない」

隆が飽きてやめてしまった後も、ルリ子だけは、まだ頑張って釣りを続けていた。

続・大漁!

寝転がっていた隆は、違和感を感じて起き上がった。横を見ると、洋子も起き上がっていた。

「なんか感じたんだ?」

「そう、なんか船が急に停まっている気がして…」

確かに、けっこう順調な艇速で進んでいたラッコが、急にスピードを落としていた。特に、エンジン音はおかしくなく、エンジンは通常通りに動いていそうだ。もちろん、昨日のマリオネットのようなエントラ、エンジントラブルでもなかった。

夏の天気は、相変わらず風も無く、穏やかで、広げたメインセイルとミズンセイルは、ちゃんと動力として活躍しているのかどうかはわからないが、それなりには、普通にセイリングはしていそうだった。

「かかった!けっこう重いかも!」

船尾で、釣りをしていたルリ子が大声を上げた。

隆と洋子が後ろを振り向いてみると、ルリ子が必死になって釣り糸を引っ張り上げている。

何か魚がかかったみたいだ!

側にいた雪が、一生懸命、ルリ子のことを手伝っている。

麻美と佳代も、やって来て何か手伝おうとしているのだが、何をどうしたらいいかわからずに、じっと側に立って見守っていた。

隆と洋子も船尾に駆け寄って、いつでも手伝えるように待機していた。

釣れた魚は、かなり大物のようで、少し丸めの体格をしたルリ子でも、その重さに引き上げるのを苦労していた。 それでも、少しずつ、少しずつ釣り糸は巻かれて、ラッコのすぐ近くの海面に、大きな魚の魚影が浮かんで見えてきた。

「大きい!」

それを見た麻美は、その大きさに思わず叫んでしまった。

「網があるから、網ですくおうか?」

隆は、船内に入ると、海に、何か物が落ちた時に拾えるように積んであった網を持って出てきた。

その網を、ルリ子の側で引き上げるのを手伝っていた雪に渡した。

ルリ子は、必死で魚を船の上に引き上げようとしているが、魚のほうは、引き上げられまいと大きな体を暴れ回って、必死に抵抗している。

隆が、長いボートフックで魚の後頭部を思い切りひっぱ叩いた。それで、ようやく魚が静かになって、ルリ子はなんとか魚をデッキ上に引き上げることができた。

「これ、なんて魚?」

佳代が、デッキに引き上げられた魚の頭を、撫でてあげながら、麻美に質問した。

麻美にも、なんていう魚なのかよくわからなかった。

大きくて四角く角ばった魚で、頭の先にたんこぶのような出っ張りがあった。別に、隆がひっぱ叩いたから、たんこぶが出来ていたわけではない。黄色から緑っぽい色をしていて、決して可愛らしいという感じの魚ではなく、ちょっとグロテスクな魚だった。

「シイラよ」

魚に詳しいルリ子が答えた。

「シイラ、これが?シイラって、よく高級料亭とかで出てくるお魚よね」

「うん、そうよ。私も、高級料亭のシイラは食べたことないけど、料亭とかの料理に、よくシイラが出てくるっていう話は、聞いたことある」

ルリ子は、麻美に答えていた。

セレブ育ちの麻美も、高級料亭なんて、そんなに食べに行ったこと無かったが、昔、高校生の頃に、弟と一度だけサンフランシスコで父親に連れられて行った覚えがあった。

そのときにシイラが出てきて、白身がとても淡白で美味しかったのを覚えていた。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。