この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第105回
斎藤智
城ケ島は、三浦半島の先端に飛び出した小さな島だった。
島の周りは、ぐるっと徒歩で周っても、そんなに時間のかからない小島だ。
島へは、三浦半島の先っぽ、三崎側から城ケ島大橋という橋が掛けられていて、その橋を渡っていく。
京浜急行の三崎口駅から、城ケ島行きの京急バスが出ており、都心からも、直行できる。
島内に小さな港があって、そこから観光用の小さな旅客船が出航している。
それに乗れば、島の周りをぐるっと船で一周してくれて、相模湾を外から、中から体験できる。中からというのは、船の底にガラスの窓が付いていて、そこから海底が見えるのだ。
相模湾を泳いでいる魚が一望できる。
朝も早く、観光船はまだ出航していなかった。
隆たちは、時間が無いので、観光船に乗るのはあきらめて、歩いて島内を周ることにした。
「ここが昨日、杉原君が話していたカニが獲れる岩場じゃないの?」
麻美が、歩きにくい岩場を注意して歩きながら、隆に聞いた。
「どうしてわかるの?」
「え、わからないけど…。なんとなく岩場だったし」
麻美が、あやふやに答えた。
「あっちにも岩場があるよ」
佳代が、自分たちの先にある岩場を指さして叫んだ。
「本当ね。あっちかな?」
「そう、そうだよ。あっちの岩場がカニがいっぱい獲れるんだ!」
隆が、麻美に答えた。
「そうなんだ?朝のおみそ汁用のカニを獲ろうよ」
「カニどころじゃないぞ。あさりとか貝とかいっぱい獲れるぞ」
隆が言った。
「へえ、アサリも?隆も、けっこう三崎のこと知っているのね。三崎に詳しいの?」
「ぜんぜん知らない」
隆が、笑いながら答えてみせた。
「カニ、いないよ」
浅瀬の中の岩を持ち上げて、下を確認していたルリ子が言った。
「カニなんて、こんなところにいないさ」
「隆じゃない。ここにカニがいるって言ったの」
「俺が知るわけないじゃん。適当に言っただけだもの」
隆が、爆笑しながら答えた。
「あ、もう。適当に言わないでよ。隆の言うことなどもう信じないから、ね」
麻美は、佳代の手を引きながら、岩場を進みながら、隆のことを蹴っ飛ばすふりをしていた。
水中観光船
大急ぎでだったが、隆たちは城が島をグルッと一周してきた。
「もとのところに戻って来たね。島を一周したのかな」
一周し終わった隆たちは、城が島の港に戻って来た。
今、隆たちは、城が島の周りをぐるっと観光している水中観光船の前にいた。
「可愛いね。イルカの絵も描いてあるのね」
洋子が、水中観光船を見て言った。
観光船の船体は、黄色に塗られていて、黄色の地の上に、大きなクジラや魚たちのカラフルなイラストが描かれていた。

「あ、あそこから海の中が見えるのね」
ちょうど、潮がやや引き気味で、船体が少し浮きあがっていて、船底が岸壁にいる隆たちからも見えている。
その船底の底のほうが、ガラス製で透明になっていた。
「このへんの海ってお魚さん、いっぱいいるのかな」
「いるんじゃない…」
「横浜の辺りじゃ、こんな観光船が走っていても、底がヘドロだらけで、海の中がよく見えないだろうね」
「海がきれいで、魚が豊富な相模湾だから、お客が来る観光船なのかな」
隆たちは、水中観光船の前で話している。
「魚が、いっぱいいるわりには、昨日、ルリ子は、大きな魚を釣れなかったじゃないか」
「確かに。よし、今日の帰りは、釣り頑張ろう!」
ルリ子は、自分に気合を入れていた。
「お腹空いてきたし、ヨットに戻って、朝ごはんにしよう」
麻美が皆に言って、佳代の手を引いて、ラッコに向かって先に歩きだした。
「よし、横浜に戻るか」
隆も、ルリ子や洋子、雪たちと麻美の後ろについて、ラッコに戻っていった。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。