保田の漁港に入港

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第193回

斎藤智

海岸での海水浴を終えて、漁港に入港した。

「久しぶりだな」

隆は、入港して、漁港のポンツーンにヨットを停泊させると言った。

「本当に久しぶり。なつかしいね」

洋子も言った。

横浜マリーナからだと、東京湾を横断しないと来れない千葉側の沿岸よりも、どうしても横須賀や三崎のほうが行きやすいので、そっちに行ってしまう。

お久しぶりの千葉県、保田港への入港だった。

保田は、前回来たときとほとんど変わらない景色で、隆たちを出迎えてくれていた。

麻美は、上陸すると、佳代と一緒に漁協の事務所に行ってきて、一泊する手続きと停泊料を支払ってきた。

「支払いが終わったから、もう安心してここで一泊出来るわよ」

麻美は、隆に漁協でもらった漁協直営のレストランばんやのお食事券を見せながら報告した。

香織と美幸は、保田の港に来るのは初めてだった。

「千葉ってディズニーランドとか幕張みたいにもっと都会なのかと思ってたけど、静かな港町で素敵ね」

美幸は、保田の港に来た感想を述べた。

入港するまでのセイリング中は、マリオネットに乗っていた美幸だったが、入港すると同時に、ラッコの皆と一緒に行動していた。

「保田の町の中を散策してこようか」

はじめて保田に来た美幸を連れて、隆たちは、保田の町を散策に出かけた。

「散策といっても小さな町だから、すぐに周れてしまうけどな」

内房線の保田の駅まで10分ぐらいかけてぶらぶら歩いて戻って来た。

「こんなものしかないのよ」

麻美が美幸の肩に手をやりながら言った。

「ううん。こういう静かなところを歩くの楽しい」

美幸は言った。

「ヨットのクルージングって、いろいろな港町に行って、そこの町をこうやってぶらぶらするの?」

「そうね」

「楽しくて私も好きかも。クルージングって私に合っていると思う」

美幸は、クルージングを満喫して、嬉しそうに言った。

「いつも他の場所に行ったら、ぶらぶら散策しているときに途中で見つけた地元のお店で夕食の食材を買って、ヨットに戻ったら、それでお料理をするのよ」

麻美が説明した。

「今回は、夕食のお買い物はしないの?」

「保田に来たときは、漁港の目の前に大きなレストランがあったじゃない。あそこで地元の獲れたてのお魚が食べれるから、そこで食べてしまうから」

「そうなんだ。レストランで食べるほうが、作らなくてもいいから楽だものね」

「うん。あと、保田のばんやってレストランは魚料理が本当に美味しいのよ。今夜、食べに行くからね」

「楽しみ♪」

美幸は、漁港に停泊しているヨットに戻りながら、夕食の料理を楽しみにしていた。

レストランばんや

隆たちは、ヨットを出ると目の前のレストランに食事に向かった。

「ここのレストランには、生け簀のプールがあるんだよ」

ルリ子が、初めて入る美幸に説明した。

「大きなプールがあって、お魚がいっぱい泳いでいるのよ」

「泳いでいる魚の中から、自分が食べたい魚を選んで注文すると食べれるのよ」

「お魚さん、かわいそうなの」

佳代が言った。

「佳代ちゃん、泳いでいる魚のこと撫でてあげていたものね」

「だって、もうじき誰かに食べられちゃうから、その前に撫でてあげたかったんだもん」

佳代は、麻美に甘えた。

中野さんたちマリオネットのクルーたちも皆、一緒に食事していた。

「てんぷら。あとビール」

中野さんは、ウェイトレスに注文した。

「お刺身欲しいね」

隆は、洋子や香織といっしょに、生け簀のところに行って、泳いでいる魚から希望の魚を選んだ。

「ね、亀がいるよ」

美幸も、生け簀の中を覗き込んで言った。

「ああ」

亀が生け簀の脇のほうに置かれている岩の上をのんびり泳いでいた。

「あの子も食べられちゃうのかな」

美幸が少し心配そうに麻美に言った。

「そうなのかもね」

「亀も注文してもらえれば、調理はします」

ウェイトレスが言った。

「調理はするんですけど…。お料理するつもりで、漁協から仕入れたんですけど、あそこで泳いでる亀だけはかわいいので、誰もかわいそうで注文する人もいないですし、ずっと店のマスコットになっています」

ウェイトレスが笑顔で答えた。

「もう、うちにやって来て2カ月近くずっとあそこで泳いでいるんです」

「へえ」

「店長も、はじめのうちは早く誰か注文してくれないかなって言っていたのですが、今は、もうずっとここで飼い続けようかって話になってしまっているんです」

「そうなんですか」

「すっかりお店のペットになってしまって…」

ウェイトレスは、笑顔になっていた。

「かめ吉って呼ぶとちゃんとやって来るんですよ」

ウェイトレスは説明した。

お客さんの何人かが、かめ吉と呼んでいるうちに、亀のほうも自分のことを呼んでいるってわかるようになって、かめ吉で寄って来るようになってしまったそうだ。

「かめ吉!」

美幸が亀に声をかけた。

すると、亀のほうが美幸のことに気づいたらしく、岩の上にいたのに、水に飛び込むと泳いで美幸のところに寄って来た。

亀は、美幸の前で頭を水中から持ち上げた。

美幸が、亀の頭を撫でてあげると、亀は嬉しそうにしていた。佳代もやって来て、亀の頭を撫でてあげる。

「あら、あなた。もしかして、去年もここに食べに来なかった?」

お客に出す料理のお盆を運んでいた別のウェイトレスが、亀の頭を撫でている佳代に気づいて、声をかけた。

「はい」

「あ、そうよね!あなたが、この亀さんのこと食べちゃうのかわいそうって言うの聞いて、それからずっと、亀さん生き延びてこれたのよ」

ウェイトレスは、佳代のことを覚えていてくれたようだった。

「良かったね、佳代ちゃん」

「そうそう、佳代ちゃんだったわね」

麻美が佳代のことを呼ぶのを聞いて、ウェイトレスも佳代の名前を思い出したようだった。

「ごはん、手からあげてみる?」

ウェイトレスがくれた亀のえさを、美幸は自分の手から亀にあげた。

「かわいい!」

美幸の手から食べる亀の姿を見て、麻美が言った。

「これは、誰もこの子のことを食べられないよな」

隆も言った。

亀は、お客さんたちとすっかり仲良くなっていた。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。