この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第103回
斎藤智
横浜マリーナの理事長の挨拶でパーティーは始まった。
美味しそうな料理の前で、お預けさせられていた隆たちも、ようやく食事することができた。
ヨットのパーティーでは、立食形式のパーティーが多く、料理が出ると、屈強なヨットマンたちがワッと集まって、あっという間にすべての料理を食べつくしてしまうので、女性クルーの多いラッコのメンバーは不利な場合が多いのだが、今夜のパーティーは席が在って、ひとりひとりの前にちゃんと自分の分の料理が用意されているので、あわてて食べる必要がなく安心して食べれた。
「それでは、今年の横浜マリーナクラブレースの年間総合優勝者の表彰式を行います」
ステージ上では、理事長が暁などのレース艇、レースの上位優勝者の表彰をしていた。
ヨットレースには、あまり興味のない隆たちは、申し訳程度に表彰者に拍手すると、あとは、テーブルの前のマグロなど料理に夢中になって食べていた。
「表彰式が終わって、ゲーム大会が終わると、いよいよだよ」
麻美が、佳代に言った。
佳代やルリ子、雪、洋子たちのヨット教室の卒業式が始まるのだ。
「卒業証書もらうのか?」
隣りの席の中野さんが、佳代に聞いた。
佳代は、嬉しそうに頷いた。
横浜マリーナのヨット教室の卒業式では、ちゃんと卒業式に出席した生徒たちには、横浜マリーナ発行の卒業証書がもらえるのだった。
この卒業証書をもらったからといって、学士も、ヨット乗りの称号も、特に何も特権が与えられるわけではないが、ヨット教室に参加した生徒としては、卒業証書がもらえるのは、記念にもなるし、嬉しいものだった。
「卒業証書は、生徒さんの配属になったヨットのオーナーさんの承認がないともらえないんだぞ」
中野さんは、冗談で佳代のことを脅かした。
「そうなの?それじゃ、私は、隆さんの承認がないと、もらえないの?」
佳代が麻美に聞いた。
「大丈夫よ。ちゃんと承認してくれているでしょうし…。例え、隆が承認してなくても、私が佳代ちゃんのことは、承認しちゃうから」
麻美は、佳代の頭を撫でながら言った。
「中野さんは、マリオネットの生徒さんの承認したの?」
「うちの生徒は皆、優秀だから、ちゃんと承認したよ」
中野さんは、顔じゅういっぱいに生えた長いひげを揺らしながら、豪快に笑って、佳代に答えていた。
表彰式…そして
横浜マリーナの今年度ヨット教室の卒業式が始まった。
といっても、学校の卒業式と違って、卒業生は羽織、袴ではなく、横浜から三崎までのクルージングをしてきた後なので、普段着のTシャツにジーンズの卒業生ばかりだ。
そんな中で、ラッコの卒業生、生徒たちだけは、お揃いの赤い蝶ネクタイをしていた。
「ほら、可愛いだろう」
キャビンの中で一休みしていたときに、隆が余っていたリボンで作った蝶ネクタイを、洋子に手渡していた。
洋子は、もらった蝶ネクタイを首のところに付けた。
「可愛い!どうしたの?それ」
洋子が付けている蝶ネクタイを見つけて、ルリ子が聞いた。
「今日は、卒業式だから、せめてネクタイぐらいはして参加したらどうかなって俺が作ってやったんだ」
「可愛い!洋子ちゃんだけずるい」
「私もほしい」
ルリ子が言って、結局、隆は、皆の分の蝶ネクタイを作るはめになってしまったのだった。
「はい、それでは次、ラッコの生徒さんたち」
ステージの上の横浜マリーナ理事長から呼ばれて、ラッコの生徒たちは、ステージに上がった。
理事長が、一人ずつ順番に呼んで、卒業証書を手渡していく。
「うまく撮れますように…」
麻美は、まるで彼女たちの卒業を見に来た母親のように、持参してきた自分のデジカメで、笑顔で皆が卒業証書を手渡されているところを写していた。
「なんだか麻美ちゃんが一番嬉しそう。まるで皆のお母さんみたい」
ラッコの前に呼ばれて、先に卒業証書を受け取っていたマリオネットの生徒の坂井さんの奥さんが、自分の卒業証書を膝に抱えながら、隆に言った。
「おままごとで、お母さん役でもしているつもりなんですかね」
隆が言った。
「隆さんは、皆のお父さんですね」
「え、勘弁してよ。いきなり、あんなに大きな娘がいっぱい出来てしまうんですか」
隆は、苦笑していた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。