この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第210回
斎藤智
「それで、予定を変更しようかなと、思うのですが」
マリオネットで隆は、オーナーの中野さんに話していた。
「今夜は、実は俺と麻美、会社の仕事で夜遅くまで残業していて、ついさっき横浜マリーナに着いたばかりなんですよ。で、なんかさすがに疲れてきちゃって」
隆は、言った。
「今夜はキャビンの中でゆっくり寝たいなと。で、明日の朝、早くに起きて、三崎口辺りまで行って一泊して戻ってこようかなと」
「ああ、それもいいですね。うちも3人しかいなかったし、夜じゅう走らせるより、そっちのほうが有り難いかもしれないですね」
中野さんは、隆に言った。
「急な予定変更ですみません」
隆は、中野さんに謝った。
「いやいや、こちらこそ」
中野さんも隆に謝っている。
「それじゃ、明日の朝早くに出航ってことで、今夜はもう寝ますか」
中野さんが言った。
「そうですね。明日の朝は、早いですしね」
そういうと、中野さんたちにおやすみなさいをして、ラッコに戻ってきた。
「さすがに、三人じゃ危ないからやめてくださいとは、言えなかったよ」
隆は、戻ってくるとき、洋子に言った。
「ううん。ばっちし!隆さんらしい優しさだった」
洋子は、手でOKって形をして、隆のことをほめた。
「大島、行かないよ」
隆は、ラッコのキャビンに戻って来て、麻美に報告した。
「大島行かない、マリオネットも、ラッコも」
「ラッコも?」
麻美が聞き返した。
「その代わり、明日の朝早起きして、二艇で三崎まで行って、そこで一泊して戻ってくる」
隆は、計画の変更を告げた。
「今夜は、キャビンでぐっすり寝よう」
「うわ、嬉しい。実は、私も今日は仕事疲れちゃって、眠かったんだ」
麻美は、嬉しそうに答えた。
「じゃ、そういうことで今夜はおやすみなさい」
隆が言った。
皆は、それぞれ自分の寝る場所のベッドメイキングをはじめた。
雪は、一番前のフォクスル、
洋子と香織、ルリ子は、ダイニングのテーブルを下ろしてベッドに、
佳代と麻美、隆は、船尾のオーナーズルームで寝床についた。
「ほら、見て」
麻美は、自分の持ってきたカーテンをルリ子たちに見せた。
「このカーテンを、ここにかけて、ほら、これでカーテンを閉めたら落ち着いて寝れるでしょう。そう思わない?」
麻美がダイニングとダイニング前のキッチンとの間に、カーテンで仕切りを作った。
「うわ、落ち着く!」
香織ちゃんが言った。
「もしかして、このカーテンって麻美ちゃんお手製?」
「うん。ユザワヤでちょうどいい生地が売ってたから」
麻美は、ルリ子に聞かれて答えた。
「それじゃ、おやすみなさい」
麻美は、カーテンの外から、中にいる3人に声をかけた。
凪の海
「おはよう!」
朝、みなは目覚めて、デッキで出航の準備をしていた。
「朝ごはん、どうする?」
麻美が聞いた。
「出航してからでいいんじゃないの」
まだ、朝の5時で、早朝だった。
ラッコとマリオネットは、横浜マリーナのポンツーンを離れて、出航した。
風も無く、海は穏やかな日だった。
沖に出ると、そこでメインセイルだけを上げて機帆走で走る。
マリオネットはスループ艇だが、ラッコはケッチなので、後ろのミズンセイルも上げた。
「波も無いし、気持ちいい走り」
「こういうセイリングが快適だね」
皆は、デッキにのんびり寝転がって、くつろいでいた。
佳代だけは、ラット、ステアリングを握っているので、忙しかった。
「途中で、代わるね」
洋子が佳代に言った。
「うん。でも、まだまだ大丈夫」
佳代は返事した。
前のデッキで寝転がっていた麻美とルリ子は、気持ちのよさに思わず眠ってしまっていた。
まだ、朝の早い時間で、朝寝坊ができそうだ。
しばらくして、お腹の空き具合もちょうどよくなった頃に、トーストや目玉焼きを焼いて、デッキで朝ごはんになった。
ビーチパラソルを開いて、日陰をつくって、そこの下での食事となった。
「なんだか別荘で朝食しているみたい」
ラッコのデッキは、全面にチークが敷かれていて、別荘のウッドデッキのようになっている。
陽の光がキラキラ反射して、まるで軽井沢かどこかの草原の別荘で朝食を食べているようだ。
「こういうセイリングだと気持ち良いよな」
皆は、ヨットの上で満足そうに過ごしていた。
隣りを走っているマリオネットの方を見ると、マリオネットの乗員三人も、デッキの上でのんびりとしていた。
きょうは本当に穏やかな海だった。
二艇のヨットは、穏やかな海面をゆっくりと機帆走で滑っていた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。