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フライデーナイトクルージング

フライデーナイトクルージング

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第153回

斎藤智

洋子は、自宅の前の道で隆たちの車が来るのを待っていた。

麻美の実家は、東京の目黒、中目黒の高級邸宅の並ぶ住宅地にある。

といっても最近、引っ越してきたわけではない。

麻美や隆が大学生の頃からずっとそこに建っている古い建物に住んでいた。

隆は、大学生の頃は、いつも麻美の実家に遊びに行っては、麻美の母親の手作りごはんをごちそうになっていた。

ごはんを食べ終わって、お腹いっぱいになると、暗くなってこれから帰るのは、中目黒の駅前は、繁華街で怪しい人もたくさんいるから、いくら男性でも危ないから、泊まっていきなさいと母親に言われて、リビングの奥にある和室に布団を敷いて泊まっていた。

麻美がバイトやゼミで帰りが遅くなったときでも、隆一人で泊まっているときも多くあり、麻美が帰ってくると、隆が玄関のドアを開けて出迎えることも多かった。

「なんか、この家って、私じゃなくて隆の家みたい」

麻美は、よく笑い話にしていた。

隆は、麻美の母親に気に入られていて、

「あなたは、そのうちお嫁に行くんだろうけど、隆さんは、ずっと遊びに来てもらっていいからね」

と言われていた。

その頃のお母さんにも、麻美は、隆のお嫁さんになるとは思われていなかったみたいだった。

麻美の家の正面入り口から地下に車で下りると、地下に、個人の家にしては大きな駐車場があった。

車好きの父親が、常時3台ぐらいの車をコレクションで置いていた。

3台置いても、まだあと2台ぐらいは車を置くこともできる広さだった。

貿易会社に勤める麻美の父親は、アメリカのサンフランシスコに在る支社から輸入品と同梱して、好きなアメ車を輸入しては、この駐車場に入庫していたのだった。

そんな父親も、年齢が経ってきて、だんだん車の趣味も薄れてきて、5台入る駐車場もけっこうがら空きになってきていた。

弟の車が1台に、母の買い物用の軽自動車が入っても、まだ駐車場のスペースには余裕があった。

「車、どうせ麻美が運転するのだから、麻美の家に置いておいてもいいよ」

横浜のマンションで一人暮らしの隆は、買ったステップワゴンを麻美の家に置いていた。

毎週日曜日、ヨットに乗りに横浜マリーナに向かうときは、まず麻美が自宅から車に乗って、高速で東京から横浜に向かう。

高速の横浜出口からわりとすぐのところに隆のマンションはある。

そこで隆をピックアップしてから、横浜マリーナに向かうのだった。

その隆の家から横浜マリーナに向かう道沿いに洋子の家があった。

「おはよう!」

着替えの入ったヨット用の大きなセイルバッグを肩からかけた洋子を、麻美たちはピックアップして横浜マリーナに向かっていた。

「おはよう!」

横浜マリーナの駐車場で、麻美たちがトランクを開けて、ヨットに持っていく荷物を下ろしていると、ルリ子が声をかけてきた。

ルリ子だけでなく、電車組のルリ子と一緒に雪や佳代も一緒だった。

「おはよう。皆、一緒だったんだ」

「横浜駅で待ち合わせして、皆で一緒に来たの」

ルリ子が麻美に答えた。

「車、買い替えたの?」

雪は、車の中を覗きこみながら隆に言った。

「うん。なかなか中が広くて、快適だろう?」

隆は、嬉しそうに車の中を雪に見せた。

「いいね。すごく天井も高くて快適じゃない!」

雪は、運転席に座ってみながら言った。

「いいだろう!これ、すごいだろう?ここにちゃんとコップも置けるし、座席の後ろを引き出せば、テーブルも出て食事もできるんだぞ。一番後ろには、小さなシンクも付いているし」

隆は、後ろの席に腰かけながら、雪に自慢した。

「でも、隆さんは、この車一度も運転したこと無いんだよね」

洋子が言った。

「え、なんでわかる?」

「麻美ちゃんがいつも運転しているから」

「でも、麻美ちゃんがいないときは、隆さんも運転しているんでしょう?」

「運転していないんだって。車自体、麻美ちゃんの家の駐車場に置いてあるんだって」

「え、それでも車は隆さんの車なんだ」

雪は笑った。

「そうなのよ。全部、私に運転させるのよ」

麻美が荷物を持って、ヨットに移動しながら雪に言った。

「まあ、もともと買い替えるときに、この車を選んだのも、私なんだけどね。隆は、ポルシェが良いとか言ってたのよ」

麻美は答えた。

「うわ、ポルシェか。さすが、自分では全く運転しない人の、現実感ない車の選び方・・」

ルリ子が笑いながら言った。

「でも、結婚したら、どうせ麻美ちゃんの車にもなるんだから良いじゃない…」

雪は、小声で麻美に返事していた。

麻美は、その小声を聞き逃さずにいた。

「私って、隆と結婚するのかな?」

麻美は、心の中で自問自答していた。

その隆は、麻美の前のほうを、洋子と香織と楽しそうに大声でおしゃべりしながら、船の置いてある艇庫へと既に歩いていた。

その日は金曜の夜、プレミアムフライデーだった。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。

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