この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第100回
斎藤智
麻美は、キャビンの中から釣り道具を持って出てきた。
「ルリちゃん、釣りしない?」
麻美は、釣り道具を見せながら、ルリ子を誘った。
「なに、めずらしいじゃない。麻美が釣りをするなんて。いつも、俺が魚釣りしていると、お魚さんが可哀そうとかって言っているのに…」
隆が言った。
「いったい、いつの話をしているのよ。ずいぶん昔の小さい頃の話じゃない、それは」
麻美は、恥ずかしそうに答えた。
「ええ、隆さんと麻美ちゃんって幼馴染みなんだ」
「そう。かなりの幼馴染み」
麻美は、ルリ子に答えた。
「腐れ縁ってやつだな」
隆は、麻美の持ってきた釣り道具を見ながらつぶやいた。
「なんかね、今回のクルージングは、釣り大会があるんですって。向こうの到着するまでの間に、釣りをして、釣れた魚を、夜のパーティーのときに見せると、一番多く釣ったヨットには、賞品がもらえるらしいよ」
「へえ、今年は、そんなイベントがあるんだ」
隆が、ルリ子より先に、麻美が持ってきた釣り道具を受け取ろうとした。
「隆は、こっちの釣り道具でいいでしょう」
麻美は、隆が取ろうとしていた一番りっぱな釣り道具は、隆には渡さずに、ルリ子に渡した。
「隆は、釣りが下手でしょう。どうせ釣れないから、こっちの道具でいいでしょう」
隆は、麻美から小さい釣竿を手渡された。
ルリ子は、麻美から受け取ったトローリング用の一番釣れそうな釣り道具をセットして、釣りを始めていた。
雪もやって来て、余っている釣竿を受け取って、釣りを始めた。
「この餌を、こんな感じで付けるんだよ」
隆が、自分の分の疑似餌をつけながら、雪にも教えていた。
「もっと、魚が寄ってきやすそうに、ゆっくりとこんな風に揺らすんだよ」
隆が、雪に釣り方を実演してみせた。
「雪ちゃん、隆に教えてもらうよりも、ルリちゃんに教えてもらったほうが良いかもよ。隆って、プロっぽい感じで釣っているように見えるだけで、ほとんど釣れたことないから」
麻美は、佳代と一緒に、釣竿で釣りながら、雪に言った。
「そうか。じゃ、ルリちゃんに教えてもらおうかな」
雪が、麻美と話している。
隆は、釣り糸をたらしながら、麻美のやつに、勝手なこと言われているけど、ぜったいに大物を釣り上げて、皆を見返してやると、ムキになって釣っていた。
大物が釣れた!?
隆の竿には、なにも魚が掛からなかった。
「釣れないな…」
隆は、一向に魚が釣れない釣りにだんだんと飽きてきていた。
「隆は、もっと落ち着かないから、釣れないのよ。のんびり気長に魚が掛かるのを待たなきゃ」
麻美が、釣れずにいらいらしてきている隆を慰めた。
「ルリは、釣れているか?」
隆が、ルリ子のバケツの中を覗き込んだ。
小さな小魚が数匹、バケツの中で泳いでいた。
「だめ、小さいのしか釣れない」
ルリ子が答えた。
「でも、ルリちゃんはすごいよ。私たちもそうだけど、隆なんかも一匹も釣れていないんだから」
麻美が、佳代と一緒に、自分の竿を確認しながら言った。
「これじゃ、皆の分の食事にならないな」
隆は、ルリ子のバケツの中の小魚を眺めながら、苦笑した。
「隆さんの竿は、釣れないの?」
「ああ、ぜんぜんだめだ。たぶん、俺の使っている竿じゃ、海用でないから釣れないんだよ」
隆は、あきらめたように答えた。
「私も、やってみたい」
雪と舵を交代した洋子が言って、隆の竿を取ると、餌を付け直して海に投入した。
「あ、掛かった!」
自分の竿のなんだか重たい感触に、興奮したルリ子が叫んだ。
ルリ子は、自分の竿を引いて、船の上に引き上げると、竿には大きなタコが掛っていた。
「あ、タコだ!」
佳代が、ルリ子の釣ったタコを見て言った。
「あら、美味しそう。そのぐらいの大きさのあるタコなら、皆の分、食べれるだけ量もあるんじゃない」
料理担当の麻美が言った。
「あ、私も掛かった!」
洋子が叫んで、自分の竿を引き上げた。
洋子が釣ったのは、小さな小魚だった。
「すごいじゃない!隆から洋子ちゃんに代わった途端に、魚が釣れた」
「本当だ。釣れないのは、隆さんの使っていた竿のせいじゃなかったのね」
雪と麻美が、笑いながら話している。
「俺には、魚釣りは向かないんだな」
隆は、何も言い返せずに黙ったままになってしまっていた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。